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【コラム】ラマン分光法によるポイントオブケア検査 ― がん、感染症などの検出

【コラム】ラマン分光法によるポイントオブケア検査 ― がん、感染症などの検出

2024/03/25

記事

医療分野は、ラマン分光法にとって新たなフロンティアとなっています。ここ数年、ラマン分光法は歯科分野やがん研究で利用されてきましたが、現在ではその成果を基盤として、ポイントオブケア(POC)アプリケーションへと応用範囲を広げています。本記事では、ラマン分光法を用いたがん組織の検出、疾患バイオマーカーの検出、および疾患の原因となる病原体の検出に関する、最新かつ注目すべき研究の概要をご紹介します。

ハンドヘルド型ラマン分光計による骨感染症の検出

筋骨格系外科手術におけるヒト骨移植では、感染による合併症が深刻な問題となっています。骨関連感染症の主な原因菌は、Staphylococcus epidermidis(表皮ブドウ球菌)およびStaphylococcus aureus(黄色ブドウ球菌)であり、これらの細菌による感染症の治療は極めて困難です。

Collage of many X-rays of joints.

感染のある骨と健康な骨を識別し、さらに移植材料上のブドウ球菌を検出することは、感染予防において極めて重要です。従来の培養検査では結果が得られるまでに7~10日を要し、輸送や検査の過程で汚染が生じるリスクもあります。陽性であった場合には、患者は後から大量の抗生物質による治療を受けなければなりません。この課題に対する理想的な解決策は、手術チームがその場で感染した骨を特定し、避けることができる現場分析です。

近年、オーストリアの研究グループは、ハンドヘルド型MIRAラマン分光計を用いて、健康な骨試料と感染した骨試料を識別し、さらに2種類のブドウ球菌を区別することに成功しました[1]。この手法では、リン酸塩、アミド、およびコラーゲンのラマンフィンガープリントバンドを解析し、それらの強度やピーク幅の比の違いを利用して、健康な骨と感染した骨を識別しました。また、主成分分析(PCA)により光学的解析を補完し、ブドウ球菌株のより詳細な識別にも利用しました。

このオーストリアの研究グループは、MIRAについて「軽量・コンパクトでバッテリー駆動である」と評価しており、またラマン分光法には「試料前処理がほとんど不要で、迅速に結果が得られる」という利点があると述べています。この検査では、手術中にその場で評価を行うためにごく少量の骨試料しか必要とせず、手術室内で迅速かつ正確な結果を得ることができました。

ラマン分光法によるがん検出

ラマン分光法の「分子フィンガープリント」スペクトルは、疾患に伴って生じる化学的変化を検出できるほど高い感度を有しています。小型のラマン分光計は、外科手術中の腫瘍評価を支援し、より迅速な意思決定を可能にします。以下のセクションでは、乳がんおよび膵がんへの応用例について説明します。

 

Team surgeon at work on operating in hospital .

乳がん評価における従来型ラマン分光法

乳がんが疑われる場合、通常は生検のための手術と、悪性腫瘍を切除するための手術の計2回の手術が必要になります。初回手術中に疑わしい組織を評価できれば、必要に応じてその場で切除を行うことが可能になります。その患者および医療業界にとってのメリットは計り知れず、研究結果からは、ラマン分光法が一部のがんに対してこのニーズに応えられる可能性が示されています。

ラマン分光法は、多くの種類のがんによって生じる組織の変化を検出できるほど高い感度を有しています。例えば、健常な乳房組織と悪性腫瘍のラマンスペクトルには、ごくわずかな違いが存在します。英国の研究者らは、高分解能のi-Raman研究用装置(図1)と、主成分分析(PCA)を含む多変量解析手法を用いて、健常組織とがん組織の識別に成功しました[2]。

B&W Tek, BWT-840000673, BWT-840000674, BWT-840000675, i-Raman Prime, BWTEK
図 1. メトロームのi-Raman Prime 785Sポータブルラマン分光計。

SERSによる膵がんバイオマーカーの検出および定量

Sラマン分光法が分析に適さない場合には、SERS(表面増強ラマン分光法)が有効な解決策となることがあります。例えば、対象物質が複雑な試料マトリックス中に存在する場合や、炭素系分子の蛍光が問題となる場合です。SERSはラマン信号を増強しますが、競合する蛍光信号は増強しません。また、SERS効果により、mg/Lレベル、場合によってはµg/Lレベルまでの高感度な分析対象物の検出が可能になります。さらに、SERSピークは鋭く明瞭であるため、対象成分の効率的な検出および同定が可能です。

SERSについてさらに詳しく知りたい方は、このテーマに関する過去のブログ記事をご覧ください。

 

ラマン分光法とSERSの違いとは?

 

膵がんは診断が難しいこともあり、致死率の高いがんの一つです。しかし、陽性症例の約75%では、高濃度で存在するいくつかのバイオマーカーが知られています[3]。これらは、抗体、抗原、タンパク質などさまざまなバイオマーカーを測定する酵素結合免疫吸着測定法(ELISA)によって検出できます。

新たな手法として、ユタ大学では、膵がん関連抗原を検出するために、ELISAと組み合わせたSERS分析にi-Raman研究用分光計が使用されました[2]。SERS信号は、従来型のラテラルフロー免疫測定法、いわゆる「サンドイッチ法」免疫測定法(図2)の中で、金ナノ粒子および標的分析物の両方に結合したレポーター分子から発生します。この手法は極めて高い精度を有しており、対象バイオマーカーの非常に高感度な検出を可能にし、定量への応用も期待されています。

 

 

Detection of an antigen associated with pancreatic cancer is possible with surface-enhanced Raman spectroscopy (SERS).
図 2. 膵がん関連抗原は、表面増強ラマン分光法(SERS)を用いて検出することができます。

迅速なポイントオブケア(POC)検査によるCOVID-19のフェムトグラムレベル検出

MIRA XTR, a handheld Raman spectrometer from Metrohm.
図 3. メトロームのハンドヘルド型ラマン分光計MIRA XTR。

代替的なELISA形式として、ワイオミング大学の研究者らは、COVID-19感染に関連する抗原バイオマーカーを検出する手法を開発しました[4]。この研究では、磁性ナノ粒子担持アッセイを用いて溶液中の標的バイオマーカーを濃縮し、その後、MIRA XTR(図3)によるSERS検出を実施しました。その結果、市販のラテラルフローアッセイよりも高い感度を示し、溶液試料および唾液試料の両方に対応できることが確認されました。また、新たなウイルス変異株への適応も可能であり、高感度なCOVID-19のPOC診断を実現しました。

ラテラルフロー免疫測定法は比較的迅速に結果を得ることができますが、検出感度はナノグラムレベルであり、定量性にも限界があります。これに対し、SERSを利用したELISAはフェムトグラムレベルの抗原検出が可能で、市販のハンドヘルド型ラマン分析装置を用いてPOCで迅速に結果を得ることができます。

ラマン分光法による血液細胞および乳がん細胞のマルチプレックス免疫表現型解析

別の研究では、MIRA DSを用いて、さまざまな種類の血液細胞および乳がん細胞表面の免疫表現型解析を行うための、ポータブルSERSベースELISAが評価されました[5]。健常細胞と病変細胞を識別し、さらに1つの試料中で複数の生体標的を検出できることは、さまざまな乳がんに対する適切な治療方針の決定を支援します。

Illustration of red blood cells with cancer cells.

このアッセイは、「従来のマルチプレックス免疫測定法と比較して、より少ない試料量で、さまざまな細胞種の免疫表現型解析に対して特異性、感度、および再現性を有する」ことが示されました。また、「作業負荷が少なく、技術的にも実施が容易」であると評価されています。著者らは、より広い領域を測定対象とし、空間的に平均化した測定を可能にするMIRAの Orbital Raster Scan機能が、アッセイの感度向上に寄与した点を高く評価しています。

従来のマルチプレックスフローアッセイは、使用可能な異なる色素の種類や結果の解釈に制約を受ける場合があります。また、大型の実験設備を必要とすることも少なくありません。一方、ハンドヘルド型ラマン分光法に基づくこの手法は、迅速な試料分析、マルチプレックス測定能力、そして非常にコンパクトな装置を特徴としており、ポイントオブケア(POC)での高精度な測定結果を実現する可能性を有しています。

 

電気化学-SERS効果を利用した酵素の簡便な検出

The SPELECRAMAN638 instrument from Metrohm performs spectroelectrochemical Raman measurements using a 638 nm laser.
図 4. SPELECRAMAN638は、638 nmレーザーを用いて分光電気化学ラマン測定を行う装置です。

生体分子の特性評価を目的とした、これまでとは大きく異なるSERS手法がMetrohmによって報告されています[6]。電気化学-SERS(EC-SERS)は、2つの実験を同時に実施できる手法です。まず銀電極(Ag SPE)のSERS特性を電気化学的に活性化し、その後、試料を分光学的に検出します(SPELECRAMAN638、図4)。

この手法では、SERS基板は銀電極(スクリーン印刷電極および従来型電極の両方)からその場で生成されます。これは、分析対象物の存在下で、ラマン測定を継続的に行いながら実施され、SERS活性種の検出を最適化します。638 nmの励起光は、良好な強度のSERS効果をもたらすとともに、試料損傷や蛍光の発生リスクを低減します。

アルデヒド脱水素酵素(ALDH)のような酵素の構造や、その疾患との関わりを明らかにすることは、疾患理解に役立ちます。EC-SERSを用いて、アプリケーションサイエンティストらは、溶液中のALDHについて、これまで報告されていなかったフィンガープリントラマンバンドを定義しました。同様に、シトクロムcの酸化還元状態は、細胞膜を介した電子輸送に関する情報を提供します[7]。シトクロムcはEC実験中に酸化状態およびコンフォメーション状態が変化し、それぞれの酸化還元状態は識別可能なSERSスペクトルを示します。

まとめ

ラマン分光法は、まさに革新的な方法で活用されるようになっています。世界各地の研究グループは、高感度、微量検出能力、小型化のしやすさ、迅速な測定結果といった数多くの利点を活かし、がん組織、疾患バイオマーカー、そして疾患の原因となる病原体の検出へ応用しています。その研究成果は非常に刺激的であり、大きな可能性を秘めています。

[1] Lindtner, R. A.; Wurm, A.; Pirchner, E.; et al. Enhancing Bone Infection Diagnosis with Raman Handheld Spectroscopy: Pathogen Discrimination and Diagnostic Potential. IJMS 2023, 25 (1), 541. DOI:10.3390/ijms25010541

[2] Thomas, R.; Bakeev, K.; Claybourn, M.; Chimenti, R. The Use of Raman Spectroscopy in Cancer Diagnostics. Spectroscopy 2013, 28 (9), 36–43.

[3] Goonetilleke, K. S.; Siriwardena, A. K. Systematic Review of Carbohydrate Antigen (CA 19-9) as a Biochemical Marker in the Diagnosis of Pancreatic Cancer. Eur J Surg Oncol 2007, 33 (3), 266–270. DOI:10.1016/j.ejso.2006.10.004

[4] Antoine, D.; Mohammadi, M.; Vitt, M.; et al. Rapid, Point-of-Care ScFv-SERS Assay for Femtogram Level Detection of SARS-CoV-2. ACS Sens. 2022, 7 (3), 866–873. DOI:10.1021/acssensors.1c02664

[5] Wang, J.; Koo, K. M.; Trau, M. Tetraplex Immunophenotyping of Cell Surface Proteomes via Synthesized Plasmonic Nanotags and Portable Raman Spectroscopy. Anal. Chem. 2022, 94 (43), 14906–14916. DOI:10.1021/acs.analchem.2c02262

[6] Metrohm AG. Easy Detection of Enzymes with the Electrochemical-SERS Effect; AN-RA-008; Metrohm AG: Herisau, Switzerland, 2023.

[7] Brazhe, N. A.; Evlyukhin, A. B.; Goodilin, E. A.; et al. Probing Cytochrome c in Living Mitochondria with Surface-Enhanced Raman Spectroscopy. Sci Rep 2015, 5 (1), 13793. DOI:10.1038/srep13793

表面増強ラマン散乱(SERS)― 従来のラマン分析の限界を広げる技術

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表面増強ラマン散乱(Surface-Enhanced Raman Scattering:SERS)は、分子が金または銀のナノ粒子表面に吸着した際に生じるラマン散乱の異常な増強現象です。この増強効果は最大で10^7倍に達することがあります。分析化学におけるSERSの利点は、従来のラマン分光法ではg/L(ppt)レベルが限界であるのに対し、mg/L(ppm)さらにはµg/L(ppb)レベルの分析対象物濃度を検出できる点にあります。 Metrohm Ramanでは、インクジェット技術を用いて基板上にナノ粒子を印刷したP-SERSアッセイを提供しています。この手法により、優れた安定性と高い感度を備えた低コストのテストストリップを製造できます。P-SERSが容易に適用できる市場としては、法科学分析および食品安全分野があります。 本ホワイトペーパーでは、SERSのメカニズムと、Metrohm RamanのMIRAシステムを用いたハンドヘルド型ラマン分析への応用について解説します。

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作成者
Gelwicks

Dr. Melissa Gelwicks

Marketing Specialist
Metrohm Raman (a division of Metrohm Spectro), Laramie, Wyoming (USA)

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