電気化学的表面増強ラマン散乱(EC-SERS)効果によるラマン信号の増幅は、従来のラマン分光法における感度の課題を克服する革新的な手法を提供します。さらに、金属スクリーン印刷電極(SPEs)の電気化学的活性化により、優れたSERS性能を示すナノ構造体を生成することが可能です。
本実験では、金スクリーン印刷電極(Au SPEs)をSERSプラットフォームとして用い、重要な前濃縮ステップを最初に組み込んだ、さまざまな農薬の検出用EC-SERS法を採用しています。本手法により、従来の農薬検出法で一般的に必要とされる複雑な装置、長時間の前処理、その他の時間を要する手順を回避することが可能です。
測定は、SPELEC RAMAN装置(785 nmレーザー)、レーザー波長に対応したラマンプローブ、およびスクリーン印刷電極用の分光電気化学セル(図1)を用いて実施しました。
金スクリーン印刷電極(SPEs, 220BT)は、その電気化学的活性化特性により、SERS基板として用いました。
SPELEC RAMANは、分光電気化学情報の取得が可能で、収集データの適切な処理および解析を行うためのツールを備えた専用ソフトウェア「DropView SPELEC」によりコントロールしました。本研究で使用したすべてのハードウェアおよびソフトウェアは、表1にまとめています。
| 構成 | 部品番号等 |
|---|---|
| 装置 | SPELECRAMAN |
| プローブ | RAMANPROBE |
| SPE用ラマン分光電気化学セル | RAMANCELL |
| ゴールド SPE | 220BT |
| SPE用接続ケーブル | CAST |
| ソフトウェア | DropView SPELEC |
チウラム(PESTANAL®、Sigma-Aldrich)、イミダクロプリド(PESTANAL®、Sigma-Aldrich)、エタノール(Merck)、および塩酸(HCl、25%、Merck)は、入手したままの状態で使用しました。すべての化学薬品は分析用グレードです。水溶液は、超純水(Direct-QTM 5システム、Millipore)を用いて調製しました。
各農薬の水媒質中での溶解性に従い、初期溶液は以下のように調製しました:
チウラムはエタノール/0.1 mol/L HCl(50%/50%)混合溶液中で240 mg/L、イミダクロプリドは0.1 mol/L HCl水溶液中で255 mg/Lとしました。より低濃度の溶液は、0.1 mol/L HCl水溶液で希釈することにより調製しました。
選択した農薬の分光電気化学検出を行う前に、前濃縮を実施します。ここでは、サンプル溶液60 µLをSPEに滴下し、作用電極、参照電極、対電極を完全に覆うようにします。次に、滴下したSPEを34 °Cに予熱した実験室用ホットプレート上に置きます。15分かけて滴下量を60 µLから25 µLに減らし、HClを0.1 mol/Lから0.24 mol/Lに濃縮します。前濃縮は低濃度検出に不可欠です。この工程が完了すると、SPEをラマンセルに配置し、レーザーを作用電極表面に集光して分光電気化学分析を行います。
手順の第2段階では、金表面の電気化学的活性化と農薬の検出を1回の実験で組み合わせます。農薬を含む0.24 mol/L HCl溶液を用い、電位を +0.70 V から +1.40 V までスキャンし、その後 -0.20 V まで戻す操作を、スキャン速度0.05 V/sで行います。この手順により金ナノ粒子が生成され、ラマン信号の増強に利用されます。
図2には、0.1 mol/L HCl溶液中の2.4 mg/Lチラムを解析して得られたサイクリックボルタンモグラムおよび特徴的なSERSスペクトルを示します。実験中、ラマンスペクトルは連続的に記録されましたが、図2bには最も強度の高いスペクトルのみを示しています。
1380 cm⁻¹を中心とするバンドは、他のバンドよりも強度が著しく高いため、低濃度チウラムの検出に最も有利な特性を示します。前述の前濃縮およびEC-SERS法を用いることで、12 µg/Lという低濃度でもチラムの検出が可能となりました。さらに、多項式フィッティングによる正確なベースライン調整により、2.4 µg/Lでもチラムの検出が可能となりました。
この提案された分析手法により、欧州連合(EU)のチウラムの最大残留濃度(0.1 mg / L)よりも低い濃度でこの農薬を検出することができます [1 ]。
a)
b)
イミダクロプリドも同様の手順に従って検出されました(図3)。初期の前濃縮およびその後のEC-SERS測定で得られた1107 cm⁻¹のラマンドバンドの解析により、注目すべき結果が得られました。
予想通り、このバンドの強度は濃度の低下に伴い減少し、提案手法を用いた場合の最小検出濃度は25 µg/Lでした。欧州連合(EU) では、イミダクロプリドの最大残留基準が0.05〜10 mg/Lと定められていることを考慮すると[1]、本分析手法は規制基準に適合するために必要な感度を有していることが示されます。
a)
b)
チウラムの異なる濃度(1、3、20 µg/L)を、0.1 mol/L HCl水道水溶液中で調製しました。先に示したように、1380 cm⁻¹のラマンドバンドは他のラマンドバンドに比べて強度が著しく高いため、チラムの検出に特に有用です。
これまでの測定結果に基づくと、EC-SERS法によりチウラム濃度2.4 µg/L以上の検出が可能です。そのため、3 µg/Lおよび20 µg/Lの濃度は容易に検出できます。しかし、1 µg/Lのチラム濃度では、1380 cm⁻¹のラマン強度が事実上ゼロであるため、検出できませでした。
本実験で用いたEC-SERS手法は、金スクリーン印刷電極の電気化学的活性化により、化学構造の異なる農薬の低濃度検出が可能であることを示しました。
こ分析手法の感度は、チウラムについては1380 cm⁻¹、イミダクロプリドについては1107 cm⁻¹のラマンバンドにおいて顕著な結果を示し、チウラム2.4 µg/Lおよびイミダクロプリド25 µg/Lの検出を可能にしました。この分析手法は水道水サンプルにも適用され、その可能性を示す有望な結果が得られました。
したがって、EC-SERS効果に基づくラマン分光電気化学法は、迅速で簡便かつ効率的な農薬検出を可能にし、環境モニタリングや食品安全分野における新たな応用の可能性を切り開きます。
- European Commission. EU Pesticides Database. https://food.ec.europa.eu/plants/pesticides/eu-pesticides-database_en (accessed 2025-06-26).