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固相抽出法は吸着剤への相互作用を利用して目的成分の抽出や夾雑成分の除去を行ないます。今回はイオンクロマトグラフィでの固相抽出法についてご隠居さんがわかりやすく解説しています。

シーズン2 その捌(八)

「ごめんくださいよ。泰さんはおられますかね?」

「あっ,武蔵野のご隠居さん。突然どうしたんですか?」

「あぁ,水天宮様にお参りに来たんでその序でです。いつも家に閉じこもってばかりですんで,たまには散歩ですよ。妙に鰻が食べたくなって,日本橋に出たんですよ。日本橋にはいい鰻屋がいっぱいありますけど,今日は大江戸で食べてきましたよ。その後,堀留町の三光稲荷にお参りして,人形町から帰ろうかと思ったんだけど,チョイ足を延ばして水天宮様って訳です。正直,結構歩き疲れましたね。」

「かなり歩きましたね~。まだまだ大丈夫ですね。あのぉ~,一寸休んだら,相談にのってくださいね。」

「またまた,相談ですかぁ~?面倒なのはお断りですよ。」

「ご隠居さんにとっちゃ面倒じゃないと思いますがねぇ~。ご隠居は,固相抽出剤を作っていましたよね。高分子なんかが入った試料の前処理です。基本だけでいいんで説明してください。」

「基本ねぇ~。定石なんてのはありませんが…。けど,その前に,一休みさせてくださいな。」

 
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まずは,固相抽出法についてですが…。固相抽出カートリッジの形状はいろいろあるんですが,樹脂製カートリッジに吸着剤 (固相抽出剤)が詰まっている。この吸着剤への相互作用を利用して,目的成分の抽出や,夾雑成分の除去を行う。まぁ,液液抽出の抽出液を固体にしたって考えるのがいいかもしれませんね。操作は簡単です。

まず,吸着剤と馴染みの良い溶媒 (疎水性樹脂の場合はメタノール等の有機溶媒) で吸着剤を洗浄した後,試料溶液の液性と同様の溶媒 (通常は水) で置換する。この操作をコンディショニングと云って,この操作の出来不出来が再現性に影響する。

コンディショニングが済んだら,試料溶液を通液して,吸着剤に目的成分を捕捉させる。

吸着剤には目的成分以外にもいろいろと捉まっているんで,目的成分が流れ出ないような溶媒で洗浄し,ついでに過剰の溶媒を除去,場合によっては乾燥する。

最後は,吸着剤に捉まった目的成分がすんなり溶出するような溶媒で吸着剤から洗い出し,溶出液を回収して試料溶液とする。ここまではよろしいですね。

図1 種々の濾過材からのイオンの溶出

 

固相抽出法は有機物の前処理を目的に考えられた方法なんですが,イオンクロマトグラフィにも有効です。けど,イオンクロマトグラフィ固有の問題があって,この通りにはできません。
イオンの捕捉・濃縮はイオン交換樹脂でできますけど,特定イオンだけ吸着なんてことはできません。また,捉まえたイオンを溶出する時には同じ荷電のイオンを用いなければならないから,返って妨害イオンが増えてしまいます。ということで,上の方法は明らかに違うんです。イオンクロマトグラフィでは,目的イオンの抽出・濃縮は諦めて,妨害成分を除去するということにするんです。手順は次の通りで,コンディショニング後のカートリッジに試料負荷をし,その溶出液を試料溶液とします。この操作がし易いように,イオンクロマトグラフィ用固相抽出カートリッジのほとんどはルアー型の形状になっています。尚,試料採取の時,測定対象成分も僅かに捕捉される恐れもあるし,汚染のことを考えて,溶出液の最初の1~2 mLは廃棄し,その後の溶出液を採取して試料溶液としてくださいね。

図2 イオンクロマトグラフィにおける固相抽出法の利用

イオンクロマトグラフィ用の固相抽出カートリッジとして種々の吸着剤を充填したものが市販されています。表1にまとめておきましたが,分離カラム充填剤に吸着する疎水性成分の除去にはポリスチレンゲルあるいはC18結合シリカゲルが,金属イオンの除去にはH+型あるいはNa+型の強陽イオン交換樹脂が充填されたカートリッジを使用します。夾雑成分の除去の他,試料溶液の中和等にも使用することができます。また,Ag+型およびBa2+型強陽イオン交換樹脂が充填されたカートリッジは,それぞれ塩化物イオンおよび硫酸イオンの除去に用いられています。

表1 イオンクロマトグラフィ用固相抽出剤と主な用途

表1 イオンクロマトグラフィ用固相抽出剤と主な用途
 
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固相抽出カートリッジを使用する時も,前回 (四方山話 シーズンII 第漆話) のフィルターカートリッジ同様,事前洗浄が必要です。フィルターカートリッジでは5~10 mLの純水を通液して洗浄と書いておきましたが,固相抽出カートリッジの場合は容量が大きいのでもっと純水を流さなければなりません。下に固相抽出カートリッジからのイオン溶出度合いを示しましたが,図で解るように10~20 mLの純水を通液しなければ洗浄できません。使用前には,20 mL位の純水で洗浄してください
 
 
図3 固相抽出カートリッジからのイオンの溶出と純粋による洗浄効果
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固相抽出法の最も重要な用途は,カラム充填剤に吸着する疎水性成分 (高分子やタンパク質等も含む) の除去です。疎水性成分はカラム性能を低下させるだけでなく,四方山話 シーズン1 第参話にも書きました通り,ゴーストピークの原因になります。硫酸イオンの2倍位の時間で出てくるのであれば,測定時間を長くするとか,溶離液に有機溶媒を添加する,といったことで対応することが可能ですけど,もっと後ろに出てくるとなると厄介です。

一般に,合成高分子は疎水性が高く水に溶けませんので,水溶液中では粒子なんで濾過で除去できます。しかし,極性基を持つ高分子中の低分子成分 (オリゴマー) は僅かに水に溶けることがあります。

このような成分は,分離カラムの充填剤に吸着する可能性が高いので事前に除去しなきゃいけません。ポリスチレンゲルを充填した固相抽出カートリッジを使えば,合成高分子を含む疎水性有機化合物の他,色素,タンパク質等を吸着除去することができます。但し,骨格が疎水性であっても極性基の数や種類によっては,効率良く吸着除去できないものもあります。

代表的なものは,界面活性剤や水溶性色素ですね。これらは水に溶けやすくするために多くの,あるいは長鎖の極性基を持っているんで,高疎水性のポリスチレンゲルでも吸着し難いんです。もっと不味いことに,イオン性官能基を持っているものはカラム充填剤に吸着してなかなか外れてくれないなんてこともあります。ということで,固相抽出カートリッジを使ったからって安心せずに,ガードカラムもちゃんとつけてくださいね。また,溶離液に有機溶媒を添加して,疎水性成分を早く溶出させるといった対応も考えてくださいね。

図4 Metrosep RP 2 Guardと疎水性成分の除去効果
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今回はイオンクロマトグラフィにおける固相抽出法の利用と疎水性成分の除去について書きました。固相抽出法の使用は,手間とコストといった問題が出てきちゃいますが,測定の精度や信頼性確保には有効ですんで,身に付けておくべき前処理手法だと思います。ただ,上にも書いておきましたが,極性基を多く持つ水溶性の成分は吸着除去が難しい場合も多くありますんで,試行錯誤的な実験をして確認するようにしてください。それでは,また…


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ご隠居達の四方山話 シーズンII 第漆話「試料の濾過と濾過材の取り扱い」

 

※本コラムは本社移転前に書かれたため、現在のメトロームジャパンの所在地とは異なります。

 

 

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