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一見簡単そうに見えるイオンクロマトグラフィのろ過操作も,測定対象が身の回りにあるので結構神経を使います。今回は試料溶液の正しいろ過の仕方についてご隠居さんが解説しています。

シーズン2 その漆(七)

イオンクロマトグラフィの対象試料は水試料ばかりで,測定対象も簡単な無機イオンだから,HPLCやGCに比べて前処理が簡単でいいなんて云われることがあります。

確かに,イオンクロマトグラフィの得意分野の水質分析では,水道水,用水,河川水,地下水等が測定試料ですから,濾過や希釈さえすれば測定できます。けど,測定対象となるイオンのほとんどが身の回りにゴロゴロしているんですよ。空気の中にも混ざっているんで,試料汚染に関しちゃかなり気を遣うんです。


希釈に関しては,四方山話シーズン1の第拾肆話に書いておきましたんで見てくださいね。ここでは,濾過の話をしようと思います。


前回の第睦話ガードカラムの使用に書きましたが,粒子等の固形分を含む試料を注入していると分離カラムのフィルタが目詰まりして,圧力上昇やカラム性能の原因となります。

だから,イオンクロマトグラフに注入する試料溶液は,必ず濾過しなきゃいけないんです。ただ,河川水や湖沼水等を,直接メンブランフィルタで濾過すると直ぐに目詰まりを起こしちゃいます。

そんな時は,数µmの孔径を持つ濾紙で予備濾過するといいでしょう。また,明らかに固形分があるという試料の場合には,遠心分離をして上澄みを採り,その後,精密濾過をして注入するといいでしょう。


測定試料の濾過には,0.5 (0.45) µmの孔径を持つメンブランフィルタを用います,というのが一般的に云われていますね。私もそう教わりましたけど,0.2 (0.22) µmの孔径のものを用いることをお薦めします。

昔のカラム充填剤の粒子径は10 µm位だったので,分離カラムのフィルタには5 µm (捕集粒子換算) のものが汎用的に使用されていました。分離カラムのフィルタの1/10位の孔径の濾過材で濾過しておけば目詰まりはないとされているんで,0.5 (0.45) µmの孔径を持つメンブランフィルタで十分だったんですね。

けど,最近のカラムには3~5 µmの粒子径を持つ充填剤が充填されていますんで,カラムフィルタは2 µm (捕集粒子換算) のものに変わっています。従って,濾過フィルタも,もう一段小さいものを用いたほうがいいのではと思っているんです。


メンブランフィルタにはいろんな材質のものがありますが,溶液の濾過には,水に対して濡れ性のいい材質のものを選ばねばなりません。

一般に,セルロースアセテート (酢酸セルロース) が広く使われています。水道水や河川水等の水試料の濾過には最適です。けど,有機溶媒を含む試料には適しません。濾過材が有機溶媒で膨潤して目が潰れてしまったり,有機溶媒の種類によっては溶けてしまう,なんて問題が出てきます。

有機溶媒用としては耐溶剤性の高いフッ素樹脂系 (PTFE,PVDF等) のメンブランフィルタが市販されていますが,これらは水試料の濾過には適しません。

これらは水に対する濡れ性が悪い (撥水性が高い) ため,水の通りが悪く,最初にちょっと力を入れすぎると膜を破いてしまいます。これらのフッ素樹脂を親水化処理したものが市販されていて,これらは水溶液と有機溶媒の両方に使用できますのでそれらを使用するとよいでしょう。

 
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メンブランフィルタは,事前に5~10 mLの純水を通液して洗浄した後に,試料を通すようにしてくださいね。分析用の器具やツールは綺麗だ,なんてつい思いがちなんですが,イオンクロマトグラフィではppb (µg/L) レベルのイオンを測るんですから信用しちゃいけません。むしろ,どんなもんでも汚れているんだっていう気持ちで取り組まねばなりません。


下図に,種々の濾過材 (直径25 mmのディスポーザブルカートリッジ型) に純水1 mLを通液し,その通過液中のイオン量を調べたものです。下図は一例なんですが,市販の濾過材からは数十~数百ppbのイオンが溶出します。亜硝酸イオンや臭化物イオンは,数ppb以下ですので気にすることはありません。数十ppbものイオンが溶出するとなると,サブppm (mg/L) レベルの測定すら行うことができませんね。ですから,事前洗浄は必須なんですよ。また,限外濾過膜の一部には,酸化防止剤として亜硝酸イオンや亜硫酸イオンが含まれるのもありますんで必ず確認してくださいね。

図1 種々の濾過材からのイオンの溶出

 

メンブランフィルタ中のイオンは,純水洗浄によって容易に10 ppb以下に低減可能です。使用する前に,5~10 mLの純水を通過させれば十分です。最近は,イオンクロマトグラフィ用のディスポーザブルメンブランフィルタカートリッジというのが市販されています。事前に洗浄しているということなので,これらのカートリッジからのイオン溶出量は上の結果よりも明らかに少なくなっています。しかし,前向きに疑いましょう。保管中での汚染だってあり得ますので事前洗浄は励行です。

陽イオンで問題となるのはナトリウムイオンですが,上記と同じく5~10 mLの純水洗浄で10 ppb以下に低減可能ですよ。アンモニウムイオンも検出されますが,保管中の汚染によるものではないかと思っています。アンモニウムイオンも同様の純水洗浄で対応可能です。

 
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試料溶液の濾過に関してもう少し…

これは,四方山話シーズン1の第捌話「カラムが詰まってしまった!!」に書いておいた話なんですが,試料中のある成分が溶離液と混ざると沈殿やゲル化して微粒子を生成するなんてことがあります。溶離液と接触して直ぐにできてくれりゃガードカラムで止まってくれるんですが,微粒子生成に時間がかかる成分もあるみたいです。実際,ガードカラムは何ともないのに,分離カラムの圧力だけが高くなって性能が低下したなんてことがあります。この時には,分離カラムのフィルタの詰まりじゃなくて,分離カラム充填剤間の隙間を詰まらせてしまっていたんです。こんな試料じゃ,濾過を励行していても無意味です。

これは,pHの変化や対イオンの交換による微粒子の生成が原因なんです。どんな成分が,どんな時にこんな問題を引き起こすのかよく判らないことが多いんですが,代表的なものは重金属です。重金属は高pHで水酸化物の沈殿を作りますよね。例えば,亜鉛はpH 9 以下では水和物 (アコ錯体って云います) [Zn(H2O)6]2+の格好で存在していますが,pH 9~10.5で水酸化亜鉛 Zn(OH)2 として沈殿します。まぁ,亜鉛は両性金属ですので,もっとpHを高くすれば亜鉛酸 ([Zn(OH)3]─ や [Zn(OH)4]2─) としてまた溶解するんですが,一旦生成した沈殿が瞬間的に溶けるってわけじゃありません。アルミニウムや鉄はもっと厄介です。アルミニウムも酸性の水溶液中ではアコ錯体 [Al(H2O)6]3+として存在していますが,pHが上昇すると水分子を一つ放出して,Al3+がOHでつなぎ合わさった多核錯体を作ります。この反応が繰り返されてゼリー状の沈殿物が生成します。

図2 アルミニウム多核錯体の形成

重金属による沈殿形成以外にも,pH変化によってゲル化する成分も同様の問題を引き起こします。ゲル化というのは,液体中の分散質が互いに引き合って流動性を失い,多少の弾性と固さをもったゼリー状なることを云います。身近なものだと,寒天,ゼラチン,蒟蒻等です。シリカゲル (silica gel) は非常に硬い完全な固体ですが,その名の通りゲルです。シリカゲルは,水ガラス (メタケイ酸ナトリウム (Na2SiO3) の水溶液) を,酸性下で加水分解してできるケイ酸ゲルを脱水/乾燥したものです。アルカリ加水分解でもケイ酸ゲルができますが,普通は酸性下でゲル化させているみたいです。この他,両性イオン型の水溶性高分子の一種もアルカリ条件下でゲル化します。


陰イオンの分離条件で考えてみると…。溶離液の炭酸ナトリウムはアルカリ性ですので,金属イオンは水酸化物の沈殿や多核アコ錯体を形成して,分離カラムの目詰まりを起こします。また,水溶性シリコーンの一種は,アルカリ条件下でゲル化して微細粒子を形成し,分離カラムの充填剤に吸着する,あるいは充填剤に引っ掛かって充填剤間の空隙の目詰まりを引き起こしてしまうという訳です。


陽イオン分離用の溶離液中での沈殿生成というのは聞いたことがありませんが,上述のケイ酸塩は酸性下でゲル化しますんで,ケイ酸塩分の多い試料の場合には注意が必要ですね。ただ,酸性下でゲル化するということは,陰イオン測定時のサプレッサ内でゲル化してしまう恐れもあるってことですね。サプレッサに充填されているH+型の強陽イオン交換樹脂は固体酸ですからね…


こんな試料はどうやって対応しましょうかね?
溶離液中で生成するんなら,溶離液に溶かす,あるいは溶離液で希釈すればいいんですよね。試料溶液を溶離液で希釈する,あるいは試料溶液に溶離液原液を添加して,先に沈殿やゲル化をさせてしまえばいいんです。ただ,微粒子に成長するまでに時間がかかることが多いんで,30分~1時間静置しておきます。その後,0.22 µm (不安な時は0.1 µm) でゆっくり濾過します。ゆっくり通液すれば柔らかいゲル状物質も捕集できます。濾過の前に,遠心分離をするのもいいかもしれません。


このような操作をしておけば,短期間にカラム性能が低下することはありません。ただ,何度も云いますが,ガードカラムは必ずつけてくださいね。

 

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一見簡単そうに見えるイオンクロマトグラフィの濾過操作でも,測定対象が身の回りにゴロゴロしているので結構な神経を使わなきゃいけません。後半に書いた溶離液中での微粒子生成の問題は,一般的な環境水では起きにくいので通常の濾過だけで対応できます。ただ,鉱水,メッキ液,金属処理排水,ケイ酸塩やシリコーンの製造工程水,そして水溶性高分子等を含む試料を測定する場合には,今回の話を思い出してくださいね。


お詫びです。前回,疎水性の高い成分を含む試料の測定について書いてみたいと思っているんですが…,なんて書いてしまいましたが,濾過のほうが先じゃないかなって思いまして,今回は方針を変更して,濾過の話を先に書かせていただきました。疎水性成分を含む試料の前処理に関しては,次回に書かせていただきたいと思っています。多分…
それでは,また…

 


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ご隠居達の四方山話 シーズンI 第拾肆話「神経を使う必要がある!?希釈の精度と誤差」

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※本コラムは本社移転前に書かれたため、現在のメトロームジャパンの所在地とは異なります。

 

 

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