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イオンクロマトグラフィの前処理は、HPLCのそれとはだいぶ違います。イオンクロマトグラフィにおける前処理の目的と、実験に使用する水の取り扱い注意点について、ご隠居さんが詳しく解説します

シーズン2 その肆(四)

最近は,どんな分析でも前処理の話が重要視されていますね。測定対象の抽出・クリーンアップ,マトリックスとの分離・除去…非常に重要ですね。クロマトグラフィー等の分離分析分野での前処理の主流は固相抽出 (Solid Phase Extraction: SPE) ですかね。いろんな種類の固相抽出剤が開発されていますね。今や,SPE無しでは分析できないって感じですな。決して大げさじゃないですよ!
けど,ICの前処理って,同じ液体クロマトグラフィーのHPLCで用いられる前処理とはかなり違っているんです。このシーズンIIでは前処理を中心に!ってことで話を進めていますが,今回はそこんところをすっきりさせておきたいなんて考えているんですが…


「前処理は必要でしょうか?」


「前処理なんかしたくない」というのが本音ですね。


「水に溶けているんだから,そのままICに注入できるんじゃない?」


そうですねぇ~。確かに水に溶けていれば,そのままICに注入可能な試料はいろいろとあります。水道水やミネラルウォーター等はそのまま注入可能でしょうね。けど,そのまま注入できない試料も結構あって,前処理がトラブルの原因となることが多々あるんです。下の図は。一寸古いんですが,クロマトグラフィーにおけるトラブル要因の比率をまとめたものです。どうですか?うちは大丈夫だよと言いながらも,ちょっと真剣にしなきゃなんて思いませんか?


「実際に速くなるし,再現性も良くなりますよ。他にも,Dosinoが2台入っているので,吸収液の量は可変で正確だし,ICには可変注入ができますし,ライン洗浄も丁寧にやっているし…」


「機能的には問題なしですな。しかし,吸収液の過酸化水素の影響があるんで,フッ化物イオンの定量性が心配ってことになるんじゃないかい?何かやらなきゃ,再現性なんて…」


「鋭い指摘ですね。濃縮カラムを使ってインラインマトリックス除去をしていますので,ウォータディップ周辺の変動が出にくくなっています。それに炭酸ガスの影響に対しては,例の炭酸サプレッサがありますんで,再現性や測定精度には自信があります。」


「う~ん,こりゃよくできてるね。恐れ入谷の鬼子母神ですな。装置のほうは納得しましたんで,今日は,燃焼法の基礎について復習しましょうかね。」

ということで,ちょっと基本に戻って「前処理」ってのを見直してみましょう。

まず,前処理の目的ですが…

 
当たり前のことを今更って感じですが,いざその時になるとつい忘れがちで,とんでもないことになってしまうことがあります。
測定対象となるイオンの濃度がppmレベルなんで安心していたら,共存成分の濃度が%オーダーだったので直接測定はできなかった,なんてことは多々あります。共存成分濃度が高く,測定対象成分と共存成分との濃度差が大きい場合には,共存成分の妨害によって信頼性のある結果を得ることできずに大きな誤差を生じてしまう恐れがあります。
共存成分の影響で,保持時間が大きく動いたり,ピークが変形したりするからです。また,共存成分があたかも測定対象成分のように振る舞い,測定対象成分が無いにも拘わらず検出されたりすることもあります。共存成分によるこれらの影響は,測定対象成分の濃度が低く,共存成分濃度が高いほど深刻になります。
このような場合には,前処理操作は必須となります。当然のことですが,ICに直接注入不可能な試料の場合には,必ず前処理という操作が必要となります。
前処理操作には種々の操作があります。下記に一般的な前処理の単位操作を示します。

 

 

これらの基本操作に関しては,具体的なデータを示しながら順次話をしたいと考えています。 上記の単位操作の内で,IC測定において多用されかつ重要なのは③ろ過と⑤希釈・濃縮ですかね。ICの測定試料は水溶液が主体ですので,適切な倍率で希釈してろ過さえ行えば,ICの測定対象となる試料の70%位は測定できるといわれています。

希釈とろ過だけ…ICの前処理って簡単ですねって云いたいのですが,そう簡単ではありません。 測定試料中のイオンや共存成分は,その試料の状態 (濃度,pH,液性等) の中で安定しています。希釈によって状態が変化すると思いもよらぬ問題が発生します。 よくある問題はpH変化です。良かれと思って溶離液で希釈すると,希釈したことによりpHが変化します。

このpH変化により,試料中の成分が反応して粒子が生成したり,塩が析出したりすることがあります。この状態でカラムに注入すると,カラムフィルターや充填剤粒子間に目詰まりが生じてしまいます。有機溶媒を含む試料の場合も同じで,水で希釈されることにより,有機物の溶解性が下がって沈殿が出てしまうということがあります。

第貮話に書きましたように,事前に試料の状態を調べることが重要なのです。調査結果に基づき,試料の液性に合った溶媒で予備希釈をした後で,水や溶離液で希釈すればこのような問題を避けることができます。

但し,希釈後のろ過は必須ですよ。 また,希釈倍率の設定についても十分な検討が必要です。例えば,共存成分の濃度が%オーダーだったとすると,最低でも100倍は希釈しなければなりません。しかし,希釈してしまうと,測定対象イオンも希釈されてしまい,検出が困難になってしまうかもしれません。

従って,検出感度を考慮した上で,希釈倍率を決定しなければなりませんが,共存成分の妨害を解消できるまでには希釈できないことになってしまいます。つまり,検出下限と共に,分離カラムの負荷量や分離能力も含めた上で,希釈倍率を決定する必要があります。

 
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希釈一つとっても種々の問題が発生してしまうということがお判りいただけたでしょうか?
ICでは希釈に用いる溶媒は水 (あるいは溶離液) ですね。ということで,最後に,水に関わる一寸した問題をご紹介しておきましょう。
下記は,酢酸・ギ酸を含む陰イオン標準液のクロマトグラムです。本来は下のクロマトグラムなのですが,上のクロマトグラムでは酢酸のピークが検出されず,ギ酸のピークも半分くらいの高さです。何度調製しても,同様の結果だったそうです。準備に時間がなく,3か月も前に調製した混合標準原液を希釈したそうです。あまりのひどさに標準原液から再調製をしたところ,下のクロマトグラムが得られたとのことです。これじゃ,時間短縮どころか,かえって時間がかかりましたね。

 

原因は,水の中の微生物です。超純水製造装置で調製した水でも,タンクや洗瓶中に入れておけば超純水ではなくなってしまいます。環境中からの汚染によりイオンや微生物が入り込んでしまうのです。また,超純水製造装置の出口フィルター中にも微生物が発生してしまうことがあります。このような水を使うと上記のような問題が発生してしまうのです。
ICの測定においては,純水は必需品です。純水製造装置の管理を怠らず。使用する水は必ず採取したてのフレッシュなものを使用するようにしてください。洗瓶の水も毎日変えましょうね!

どうですか?結構いい結果ですよね?回収率はともかく,再現性が良いのが驚きですな。
同様の条件で,電子基板の材料を測定したときのクロマトグラムを図2-c) に示します。定量結果と再現性は下の表2です。

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今回は,最後に水の話をしましたが,水に関わる問題は多々あります。ICにおける重大トラブルの主原因の一つが水なんです。ということで,超純水製造装置の管理は徹底してくださいね。ちなみに,Metrohmさんの所在地の水天宮は安産の神様とされていますが,水難除け,火除け,魔除けの神様でもあり,河童のお守り (魔除けの河童) が売られています。超純水製造装置に付けておくとよいかもしれません。多分,効果があると思いますョ!では,また…

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※ご隠居達の四方山話 シーズンII 第貮話 「本当の未知試料なんてありません!」

 

※本コラムは本社移転前に書かれたため、現在のメトロームジャパンの所在地とは異なります。

 

 

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