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イオンクロマトグラフで未知試料を測定する場合の進め方を解説しています。イオンクロマトフラフのユーザーだけでなく、ほかの分析化学分野の方にもお勧めです。

シーズン2 その弐(二)

「ご隠居さぁ~ん!」


「はいはい。開いてますョ~!こりゃまた珍しい!確か,Metrohmの喬さんだったかな?」


「覚えていてくれてましたか。お久しぶりです!番頭の泰さんと一緒に小淵沢に行ったんで,帰り寄ろうかってことになったんなんですが,番頭さんはお客さんに急に呼び出されて...」


「うん?泰さんは番頭さんになったのかい?こないだは何も言っていなかったョ…」


「そうですかぁ?今年から番頭さんなんですよ。」


「そりゃ,悪いことしたな。こないだお祝いをしなきゃいかなかったなぁ~。来月にでも,お店のほうに行くといっといてくださいナ。喬さんとは,ご奉公に上がった時以来かな?もう慣れましたかね?」


「まぁ,何とか格好がつくようにはなりましたが…。まだまだ,解らんことばかりです。」


「そりゃそうかも知れんな。ICの理屈は簡単でも,実際に試料を目の前にすると悩むことも多いね。」


「番頭さんから聞いたと思いますが,近頃の試料は厄介で…。測りたいもんは薄いってのに,何が入っているのか教えてくんないし…。未知試料ばかりですよ!」
「未知試料ばかりですかぁ~。そりゃ楽しいね。」


「楽しくなんかありませんよ!!まったく埒が明かないんですから!!」


「いやぁ,ごめんごめん。悪気はないんだが,答えが判ってるなんで,ちっとも面白くないだろ?苦心した末に答えに辿り着くってほうが,遣った甲斐があると思うがねェ~?あたしゃ,こっちのほうが楽しいけどネ!ところでねぇ。本当の未知試料ってのはないんじゃないかい。」


「はぁ~?どういうことですか?」


「いくら初めての試料たって,取っ掛かりは必ずどこかにあるってことだよ。依頼分析に限らず,実際に使っている人にも多少役に立つと思うんで,少し話をしましょうか…」

 
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厄介な試料ってのはいろいろありますね。夾雑成分を多数含んでいたり,高濃度だったり,はたまた,強酸性や強アルカリ性だったり…。他にも,固体や有機溶媒・油だったりネ。そこに来て,測りたい成分が微量だったりするとたまりませんね。かといって,「できません」っていう訳にはいきませんし…
四方山話シーズンIIでは,『前処理』を芯にしてお話ししていくつもりですが,まずは基本の「き」から話しましょう。第壱話は装置絡みの話でしたけど,今回は前処理の基本の「き」,試料情報の把握です。

まず,次の図を見てください。「未知試料」の測定結果を見せていただいたものです。
水抽出液ということで,とりあえず,安全を見て,純水で10倍に希釈して測定を行ったそうです。測定対象は主要な陰イオンと,もし判ればその他のピークについても知りたいという要求だったとのことです。結果はご覧の通り,主要な陰イオンと同じところにピークが検出されました。臭化物イオンのところの分離が今一つですが,斜面に臭化物イオンと思しきピークがあります。クロマトグラフィーは溶出位置から定性しますので,標準液の濃度と照らし合わせ,希釈率補正をすれば,臭化物イオンを除く他の6成分を定量することができます。他にも幾つかピークがありますが,それぞれの溶出位置から,フッ化物イオンの後ろはギ酸,硝酸イオンの後ろは2価の有機酸,硫酸の直ぐ後ろはシュウ酸と推定したそうです。臭化物イオンと重なっているピークは何か判りませんが,一番後ろにいるピークはフマル酸か安息香酸と推定したとのことです。
ほぼ,目的達成ですね。夾雑成分による妨害はあるものの,うまく目的の成分を分離することができ,報告書を作成したそうです。「臭化物イオンのところの分離の改善には更なる検討が必要です」とのコメントも忘れずに記述したそうです。ホット一息…

皆さんは納得しますか?????? 結論からいうと,この報告書では落第点です。
「疑問を持つこと,疑うこと,そしてよく観察し,徹底して調べて考えること」が,科学の基本です。
「とある試料」って何ですかね?水に溶けているからって,単純に無機イオンと信用していいでしょうか?きちんと確認しなければいけません!何を調べておくべきかをまとめました。これらを基に依頼者に聞き出しておけば,無駄な労力はなくなり,上記のような落第点は回避することができます。書き出したもの以外にも情報を入手しましょう。些細なことと思わず,詳細に調べましょう。

とはいっても,依頼者にとっては言えないことも多々あるでしょう。①~④は問題なく教えて貰えるでしょうが,それ以外は難しい時もあります。いくつかの項目は,自力でも調べることはできますが,一番知りたいのは⑤の履歴です。どのような場所・工程で,どのように採取したのかが判れば,⑥の正常・液性や⑦夾雑成分に関する情報を推察することができます。時には,⑧の安定性・保存性に関する情報のヒントも得られます。
けど,この「⑤履歴」がネックで,マル秘/ノウハウってことでなかなか話してくれません。「未知試料」の誕生です。
こんな時は,依頼者の会社,主要製品,担当業務などから,工程での管理項目,課題,研究テーマなどを推定して,「⑤履歴」に相当する仮説を構築し,⑥~⑧の項目を想定します。今は,インターネットで容易に調べることが可能でしょうが,昔は本屋で会社四季報を立ち読みし,該当する業界の解説本を買って精読するってことをしていました。時間もお金もかかりましたが,そのお陰で何とかここまで生きてくることができたような気がしますが…

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さて,話を上記の「未知試料」に戻しましょう。
後日調べた結果ですが,依頼元は食品関連の会社で,特に食肉系が主力でした。試料は冷蔵保存との指示がありましたので,まず間違いなく食肉加工品からの抽出液と推定されます。また,タンパク質の変性,及び有機酸の抽出率向上のため,水抽出ではなく,炭酸ナトリウムまたは炭酸水素ナトリウム水溶液で抽出したものと推定しました。
これらのことを踏まえて,結果を見直すと次のように考えられます。


①フッ化物と思えたのはフッ素ではなく酢酸。一般に食品中にフッ化物は低濃度
②亜硝酸は間違えなさそうだが,UVDを付けて確認する必要あり
③臭化物の付近に出たのは炭酸に基づくピーク。炭酸サプレッサを付けてみるべき
その他の成分も重なっているかも…
④一般に食品中の臭化物は低濃度なので別の成分かも…
⑤硝酸は間違えなさそうだが,UVDを付けて確認する必要あり
⑥硝酸の後ろの2つのピークは2価有機酸 (リンゴ酸,酒石酸) の可能性が高いが…
⑦リン酸,硫酸は間違えなさそう
⑧硫酸のすぐ後ろは,恐らくシュウ酸
⑨一番後ろは保存料として添加されたフマル酸か安息香酸かも…


以上のようなことから,UVDを接続して再測定をする必要があると結論付けられます。また,夾雑成分との重なりもありますので,a) 保持特性が異なり分離度の高いもう一種のカラムを用いて比較する,b) 疎水性樹脂を充填した前処理カートリッジで除去を行う,等の対策も必要です。さらに,有機酸と推定されるピークがいくつか出ていますので,イオン排除モードなどの全く異なる分離機構での測定も必要となります。


今回の紹介例は事後対応でしたので,全ての課題をこなすことができませんでしたが,UVDを接続しての測定は行ったそうです (結果は下図)。概ね予想通りの結果となりました。臭化物イオンの近傍にある幅広ピークはUV吸収がありますので炭酸ではありませんでした。有機酸についてはさらなる検討が必要です。前回 (シーズンII第壱話) にも書きましたが,この結果でもわかるように,イオン分析においてもUVDの利用は有効です。

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「未知試料」への対応について,少しは判ってわかっていただけたでしょうか?
若干面倒なことですが,「未知試料」をなくすには試料情報な探索・調査・把握が重要です。的確な試料情報を得ることができれば,測定条件の最適化だけでなく,前処理の方法や条件設定の手助けにもなります。できる限り調べてくださいな。
尚,前回 (シーズンII第壱話) に書いておきましたが,「未知試料」の測定ではUVDの活用と共に,性能低下カラムを用いて「お試し測定」をお勧めします。ICのカラムは高価ですからね…

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今回はここまでです。次回は,久々のMetrohmさん訪問ですな。燃焼ICを見て,夜は人形町!お約束はまだ先なのですが,もうウキウキしてきましたよ!楽しみですな。では,また…

 

関連コラム

※ご隠居達の四方山話 その拾(十)「電気伝導度検出器とUV検出器の測定値が合わない!!」

※ご隠居達の四方山話 シーズンII 第壱話「複雑な試料の測定と紫外吸収検出器」

 

※本コラムは本社移転前に書かれたため、現在のメトロームジャパンの所在地とは異なります。

 

 

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