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クロマトグラムの溶出時間が変わってしまったという話しはよく耳にしますが、いろいろと原因があります。溶出時間の変動の原因は多々ありますので,今回はその続きをお話しします。

シーズン4 その玖(九)

 

 

皆さん,こんにちはぁ~。お変わりないですか?今日は夕焼けがきれいです。「朝焼けは雨,夕焼けは晴れ」って言いますんで,明日は晴れですかね。けど,「夕焼けだから明日は晴れ」ってのは正しくないんですよ。黄色~橙色の空の場合には概ね晴れですけど,極端な赤色の夕焼けの場合には雨になることがあるんだそうです。まぁ,今日は色合いもいいし,雲も少ないので明日は晴れですな。

さて,今回は第玖話です。前回は,溶出時間の変動の話でした。溶出時間の変動の原因は多々ありますので,今回はその続きをお話ししましょう。

 
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本シリーズの第壱話,第貳話にも書きましたが,イオンクロマトグラフィーで主に用いられる分離機構はイオン交換モードで、検出は電気伝導度検出です。低濃度のイオンを迅速かつ高感度に検出するため,低イオン交換容量のイオン交換樹脂が用いられます。純水製造に用いられている汎用のイオン交換樹脂に比べると,イオンクロマトグラフィー用イオン交換樹脂のイオン交換容量は1/10~1/100です。低イオン交換容量のイオン交換樹脂はイオンの分離と検出に革新的な発展をもたらし,イオンクロマトグラフィーの発展に大きく貢献しました。

一方で,いくつかの欠点もあります。前回の第捌話でお話ししましたが,溶離液濃度がほんの少しだけでも変化してしまうと溶出時間が変化してしまうということです。また,イオン交換容量が低いために,高濃度試料を注入すると飽和してしまうという欠点もあります。溶離液については,前回お話ししたとおり,正確に調製して一定環境/測定条件で測定していれば大きな問題を引き起こすことなく安定した測定が可能です。高濃度試料を分離カラムに注入してしまった場合,溶出時間が変動したり,ピークの変形が発生したりします。事前に適正な濃度まで希釈すれば良いのですが,実際には一度測定して見なければ希釈率は判りません。

図9-1に,試料濃度の溶出時間に与える影響について示します。試料濃度が高くなるにつれ溶出時間が早くなっています。この影響は,分離カラムのイオン交換容量や溶離条件に依存します。図9-1右のMertosep C 4では,図9-1右のMertosep C 6に比べて,溶出時間の短縮が大きく,またピーク形状の変形 (テーリング) も大きくなっています。

図9-1 試料濃度による溶出時間変動

Conditions:

Metrosep C 4 - 150/4.0, 1.7 mM HNO3/0.7 mM dipicolinic acid, 0.9 mL/min, 30ºC
Metrosep C 6 - 250/4.0, 7.25 mM HNO3, 0.9 mL/min, 30ºC

表9-1に,図9-1の結果を基に,マグネシウムイオン4 mg/L,カルシウムイオン5 mg/Lを基準とした時の溶出時間の変化率を示します。通常,データ処理装置のピーク認識幅は ± 5%がデフォルトになっていると思いますが,Mertosep C 4ではマグネシウムイオン20 mg/L,カルシウムイオン50 mg/Lで5%を超えています。一方,Mertosep C 6では100 mg/Lでも3%以下です。ここで使用したMetrosep C 4 - 150/4.0及びMetrosep C 6 - 250/4.0のカラム1本当たりの陽イオン交換容量はそれぞれ15 µmol (K+) 及び50 µmol (K+) で,Mertosep C 6のほうが高イオン交換容量です。また,溶離液濃度が高いため影響が小さくなっています。但し,バックグランド電気伝導度も高くなりますので,用途に応じて使い分けてください。

表9-1 試料濃度による溶出時間の変動率

 

測定試料は,溶出時間変動が発生しないように試料濃度を希釈・調整しなければなりません。しかし,連続分析している場合には検量線範囲を逸脱してしまう試料もあります。外挿定量は好ましくありませんので,検量線範囲を逸脱してしまった場合には,希釈後,再測定が必要です。このような操作は煩雑ですし,翌日データを見たら再測定では精神的なダメージも大きいですね。このような場合,インライン希釈を用いれば問題を解消してくれます。インライン希釈システムにはロジカルダイリューション機能というのがあります。検量線を逸脱した試料は,適切な希釈倍率 (整数値) をシステムが算出して,自動で再希釈後,再測定してくれます。

図9-2 インライン希釈システムのロジカルダイリューション機能
 
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イオンクロマトグラフィーの測定試料では高濃度成分と低濃度成分との濃度比が極端に大きい場合があります。一般に,環境水では,塩化物イオン,硫酸イオン,ナトリウムイオンの濃度は高く,数十mg/L以上,まれに数百mg/L以上の試料もあります。一方,その他のイオンはsub-mg/L以下であることが多く,濃度差は1,000倍以上にもなります。高濃度成分が10 mg/L付近になるように100倍希釈すると,低濃度成分は一桁µg/Lですので定量困難になってしまいます。

高濃度成分が共存していると,低濃度成分の溶出時間も変化します。図9-3に,食品抽出液の測定例を示します。電気伝導度検出CD (青色) では大きなピークの後ろに,亜硝酸イオンと思われるピークが検出されました。また,★印の2つのピークは臭化物イオンおよび硝酸イオンと推定されますが,標準試料とは一致していません。そこで,紫外吸収検出器UVDを接続して再度測定 (赤色) してみると,これら3つのピークと溶出が一致するピークが検出され,それぞれ亜硝酸イオン,臭化物イオン及び硝酸イオンと定性することができました。

一般に,試料濃度が高くなるとその成分の溶出時間が早くなりますが,共存する低濃度成分の溶出時間にも影響を与えます。一般に,高濃度成分よりも後ろに溶出する低濃度成分の溶出は遅くなります。その逆に,高濃度成分の前に溶出する低濃度成分の溶出は早くなります。図9-3の結果はこの傾向を反映しており,高濃度成分 (塩化物イオン) の後ろに溶出する亜硝酸イオン,臭化物イオン及び硝酸イオンは溶出が遅くなったということです。尚,3つ目の高濃度成分の後ろに溶出しているピークはリン酸イオンと推定できますが,UVDでは検出できませんので,別の方法での確認が必要です。

図9-3 試料中のマトリックスによる溶出時間変動
 
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試料溶液のpHも溶出時間に影響を与えます。

図9-4に,試料pHを変化させた時のクロマトグラムを示します。ここでは,Na2CO3/NaHCO3の混合系溶離液を用いています。図9-4左は水酸化ナトリウムを添加してpHを高くしたものですが,pHが高くなるにつれて溶出が早くなっています。試料中の水酸化ナトリウムの影響でイオンが分離カラム先端に十分保持され難くなると共に,溶離液中のNaHCO3がNa2CO3に変化するため溶出が早くなります。一方,図9-4右は硫酸を添加してpHを低くしたもので,硫酸の添加により溶出が早くなっています。

試料pHによる溶出時間への影響を低減するには,試料pHを中性付近に近づける必要があります。陰イオン分析では溶離液pHより下に,陽イオン分析では溶離液pHよりも上にしなければなりません。試料中の低濃度成分が安定して定量できる範囲まで,純水で希釈して測定してください。試料pHが大きく離れている場合には,陽イオン交換樹脂あるいは陰イオン交換樹脂を充填した固相抽出カートリッジ (後述) を用いて中和してください。

図9-4 試料pHによる溶出時間変動
 
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試料中の夾雑成分/マトリックスも溶出時間に影響を与えます。

高濃度のイオン性マトリックスが存在する場合には,上記図9-3や図9-4から推察できると思いますが,分離カラムに吸着する成分が試料中に存在している場合にも溶出時間変動が生じます。図9-5は,色素中の陰イオンを測定したものです。Sample-A,-B共に,連続測定で溶出時間が減少し,未知ピーク (★) も検出されています。色素中には種々有機化合物が存在しており,疎水性の高い有機化合物がカラム充填剤に吸着して保持力を低下させたためと推定されます。また,未知成分は,カラム充填剤に吸着された成分が原因で発生したものと推定されます。

図9-5 色素中の陰イオンの測定

測定試料中の吸着性成分の影響を低減するために,ガードカラムや吸着性物資除去用のガードカラムを取り付けるようにしてください (シーズンIVの第漆話参照)。

ガードカラムには分離カラムと同じ充填剤が充填されていますので,粒子分と共にカラム充填剤に吸着・蓄積する成分を取り除いてくれます。ガードカラムを接続することにより分離カラムを保護し,溶出時間の変動やカラム性能の低下を防ぐことができます。ガードカラムの汚染や圧力上昇が発生した場合には,ガードカラムの洗浄を行ってください。ガードカラムは,定期的,あるいは一定の測定試料件数毎に洗浄すれば長期間使用できます。

吸着性物質除去用ガードカラムMetrosep RP 2 Guardは,内部に疎水性フィルタとフリットが挿入されています。Metrosep RP 2 Guardはインジェクタとガードカラムとの間に接続して使用しますが,Metrosep RP 2 Guardでの試料の拡散はほとんどありませんので,分離カラムの分離性能を低下させることはありません。Metrosep RP 2 Guardの疎水性フィルタで,カラム充填剤に吸着する疎水性有機化合物を吸着除去することができます。また,微粒子や酸化鉄等の沈殿性物質の除去も可能です。尚,Metrosep RP 2 Guardの疎水性フィルタとフリットは容易に交換できますので,定期的に交換してください。また,疎水性樹脂を充填した充填カラムタイプのMetrosep RP 3 Guardも用意しています。Metrosep RP 3 Guardは,Metrosep RP 2 Guardよりも高い吸着容量を持っています。

図9-6 Metrosep RP 2 GuardとMetrosep RP 3 Guard HC

 

明らかに吸着性成分を多量に含んでいる試料の場合には,Metrosep RP 2 Guardでは直ぐに飽和してしまい分離カラムにダメージを与えてしまいます。このような試料の場合には,前処理を行うのが基本です。試料中から疎水性有機化合物を除去する方法としては,非水系の有機溶媒を用いた液液抽出法がありますが,操作が面倒で,器具もたくさん使用しますので試料汚染を引き起こす恐れがあります。そこで,固相抽出法が用いられます。

固相抽出法については,シーズン-IIの第睦話に書いていますのでそちらを参照してください。表9-2に,Metrohmで販売しているIC用のサンプル前処理カートリッジ (固相抽出カートリッジ) を示します。分離カラムに吸着する疎水性有機化合物の除去にはIC-RPを用います。IC-RPには疎水性の高いポリスチレンゲルが充填されていますので,疎水性有機化合物を吸着除去することができます。また,IC-C18はオクタデシル基 (C18H37-) が結合されたシリカゲルが充填されていますので,IC-RPと同様に疎水性有機化合物の除去に用いられます。但し,基材がシリカゲルですので,アルカリ性の溶液を通液するとシリカゲルが溶けてしまいます。従って,pHが2~8の試料溶液の前処理に使用してください。尚,固相抽出カートリッジからのイオンの溶出がありますので,事前に純水10-20 mLで通液洗浄した後に,試料溶液を負荷してください。

表9-2 Metrohm ICサンプル前処理カートリッジ (固相抽出カートリッジ)

固相抽出法は疎水性有機化合物の除去以外にも種々使用可能です。試料溶液の中和・pH調整 (シーズン-II第漆話・第捌話参照),高濃度の塩化物イオンや硫酸イオンの選択的除去 (シーズン-II第漆話参照),重金属イオンの除去 (シーズン-II第玖話参照) 等にも使用可能です。

 
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今回は,溶出時間変動の原因と対策の続きでした。前回も書きましたが,溶出時間は『クロマトグラフィーの命』ですので,環境,装置,溶離液には十分な注意を払うようにしてください。次回は,ピークの変形の原因と対策についてお話ししようと思っています。

それでは,また・・・

 

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