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クロマトグラムの溶出時間が変わってしまったという話しはよく耳にしますが、いろいろと原因がありますので、まず装置に関わることから解説します。

シーズン4 その捌(八)

 

 

皆さん,こんにちはぁ~。当方は相変わらず閉じ籠り状態で,パソコンと睨めっこです。打ち合わせは全てWeb会議になっちゃいましたので,人と話す機会もほとんどなく,お友達はパソコン君だけですね。Zoomだ,Skypeだ,Webexだとかで世の中便利になりましたが,Web会議は結構疲れますな。多少面倒でも,足を運んで会議に出るほうが,気分転換にもなるので,年寄りにはいいのですけどね。お陰様で,椅子に座ってばかりですので常に腰が重い状態ですな。

さて,今回は第捌話です。前回までは装置/ハード面でのトラブルの話でしたが,今回からは測定結果,クロマトグラム上で観察されるトラブルの話になります。原因は結構複雑なことが多く,ソフト上の問題だけでなく,装置/ハードが原因となる場合もあります。まずは,溶出時間の変動の話から始めましょう。

 
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「クロマトグラムの溶出時間が変わってしまった」という話はよく耳にしますし,我々も数多く経験しました。原因はいっぱいありますが,まず装置に関わるところから話を始めしょう。

クロマトグラムの溶出時間が変化する第一の原因としては,溶離液流量が異なっているためです。溶離液流量がいつもと異なっていれば,溶出時間が変化して当たり前ですので,溶出時間が変化した場合にはまず溶離液流量の設定を確認してください。設定値が正しいにもかかわらず,溶出時間が変化した場合には,溶離液流量の計測を行ってください。

溶離液流量の計測方法を図8-1に示します。まず,排液チューブの束,あるいは排液コレクタから溶離液ラインの排液チューブを抜いてください。排液を20 mL程度の全量フラスコ (メスフラスコ) に入れて,標線に到達するまでの時間を計測して溶離液流量を求めます (容積法)。また,天秤に何らかの容器を置いて排液を入れ,一定時間における重量を計測します。この時,水温を計測しておけば密度補正により溶離液流量を求めることができます (質量法)。

溶離液流量の計測は,トラブル発生時だけでなく,2週間あるいは1月に1回くらいは行ってください。尚,毎日の溶離液流量の確認は,排液コレクタの排液チューブから一定間隔で液滴が落ちているかを確認すれば良いと思います。いつもと同じ滴下間隔ではない,あるいは滴下間隔にバラツキがある場合には,上記にしたがって溶離液流量を計測してください。

図8-1 溶離液流量の計測方法

高圧ポンプのチェックバルブやピストンシールに異常があった場合にも溶出時間の変動が生じます。特に,測定するたびに,溶出時間が早くなったり遅くなったりする場合には,高圧ポンプが原因である可能性があります。溶離液流量が不安定になっているんです。本シーズンの第参話及び第肆話に書きましたが,高圧ポンプに気泡が噛んだり,チェックバルブが正常に動作していなかったり,ピストンシールが摩耗したりしていれば送液不良が発生します。もう一度本シーズンの第貳話及び第参話を読んでみてください。

高圧ポンプが送液不良の状態で測定すると,通常はベースライン変動やノイズが発生しますので高圧ポンプの不良に気が付きます。まれにベースラインに異常が出ない,あるいは異常が小さく確認できない場合があります。溶出時間の変動以外の異常が見られないので,すぐに高圧ポンプの不良に気が付かずに見落としてしまうことがあります。この場合,カラム圧力が大きく変動しているはずですので,溶出時間の変動が見られた場合にはまず圧力チェックをしてみてください。圧力変動が見られた場合には,すぐに溶離液の流量を計測してください。異常があった場合には,高圧ポンプのメンテナンス,部品の交換を行ってください。

 
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溶出時間は温度変化によっても変化します。溶出時間の変化が観察された場合には,溶離液流量の設定,圧力のチェックと共に,カラム温度の設定値も確認してください。

本シーズンの第貳話にも書きましたが,カラム温度が変化すると,分離平衡の速度が変化します。また,イオンの解離性も変化しますので,溶離液のイオン濃度や測定対象イオンのイオン性が変化します。その結果,溶出時間が変化してしまいます。図2-4及び図2-5でお見せしたデータを図8-2及び図8-3に再度示します。一般に,カラム温度が高くなればイオンの溶出は早くなりますが,硫酸イオンやリン酸イオンは逆に遅くなります。カラム温度による溶出時間の変化度合いは,分離カラムの種類 (充填剤の種類,イオン交換基の構造等) や溶離条件 (溶離液の種類,有機溶媒添加の有無等) によって異なります。図8-2では,Metrosep A Supp 4 - 250/4.0よりもMetrosep A Supp 7 - 250/4.0のほうが,温度依存性が大きいことが判ると思います。

図8-2 カラム温度の影響

温度による溶出時間への影響を低減するには,カラム恒温槽を使用すれば解消できます。カラム恒温槽を使用していない場合には,室温変動による溶出時間変化が生じてしまいます。朝早くから空調機を入れておけば,概ね室温は一定といって良いのですが,朝,昼,夕で ±2 °Cくらいの変化はあると思います。図8-3に,カラム温度を2 °Cずつ変化させた時のデータを示します。室温の変化が ±2 °Cとした場合の溶出時間の変動は1~1.5 %です。通常,データ処理装置におけるピーク認識幅は3~5%に設定されていますので,この程度の変化ではピーク誤認は生じないと思いますが,再現性という視点からはちょっと問題です。やはり,カラム恒温槽を用いるのが良いと思います。尚,本シーズンの第伍話にも書きましたが,室温の変化によりベースラインドリフトも発生してしまいますので,カラム恒温槽を用いるようにしてください。

図8-3 溶出時間に与えるカラム温度の影響
 
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溶出時間変動の問題においては,溶離液の濃度や組成の変化が最も大きい要因です。通常,溶離液は濃縮溶離液を希釈して調製していると思います。表8-1に,イオンクロマトグラフィー用として関東化学㈱より市販されている溶離液・再生液用試薬を示します。これらの溶離液・再生液用試薬を,全量ピペットまたはマイクロピペットで濃縮溶離液を規定量採取し,全量フラスコに入れて,採取したての純水で希釈して溶離液を調製します。

表8-1 溶離液・再生液に使用可能なイオンクロマトグラフィー用試薬の例 (関東化学)

濃縮溶離液の採取量や,その希釈に誤差があれば,溶出時間の変化が生じてしまいます。全量ピペット (メスピペット) 及び全量フラスコ (メスフラスコ) で標線から1 cm上で採取・定容した時の誤差を表8-2及び表8-3に示します。100倍濃縮溶離液を用いて溶離液1 Lを作る時に,共に標線から1 cmズレてしまった場合を考えてみましょう。10 mLの全量ピペットでは1.57%の誤差が生じますので,10.157 mL採取してしまうことになります。一方,1 Lの全量フラスコでの誤差は0.36%ですので,採取誤差と合わせて最終的に1.94%濃い溶離液になってしまいます。測定試料や検量線用標準液を調製する場合には,容量の小さい全量ピペット・全量フラスコを用いますので,調製誤差はもっと大きくなります。実際には,1 cmもズレるなんてことはないと思いますが,常に正確に標線に合わせ込むようにしてください。

表8-2 標線から1 cm上で採取した時の誤差 表8-3 標線から1 cm上で定容した時の誤差

端数濃度の溶離液を作る場合には全量ピペットでは対応できませんので,マイクロピペットを用いて濃縮溶離液を採取します。マイクロピペットは高精度の計量器/体積計ですが,慣れないと誤差を生んでしまいます。表8-4に,熟練者と初心者 (非作業者) との採取精度の差を示します。純水をマイクロピペットで採取し,採取量を天秤で計測しました。結果は表8-4のとおりで,初心者 (非作業者) では500 µL (容量可変式1000 µLを使用) で約1%の誤差を生じています。尚,ここで使用した容量可変式1000 µLのマイクロピペットの精度は ± 3.0%,再現性は < 0.6%で,容量固定式10 µLのマイクロピペットではそれぞれ ± 1.0%及び < 0.5%です。

表8-4 マイクロピペットの採取精度比較 (n = 10)

 

溶離液濃度が1%ズレて調製された場合,溶出時間がどの程度の変化を示すのかを調べた結果を図8-4に示します。通常,データ処理装置のピーク認識幅は3~5%に設定されていますので,1%のズレではピーク誤認をすることはありません。しかし,目的成分のピークの近傍に未知ピークが溶出している場合には,正しくピークを認識してくれなくなってしまうかもしれません。再現性良く測定するには,溶離液を正確に調製することが第一です。

図8-4 溶離液濃度が1%ズレた時の溶出時間に与える影響
 
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今回の本題とは若干離れてしまいますが,溶離液濃度・組成と溶出時間との関係を少し示しておきます。図8-5は,炭酸ナトリウム濃度を変化させた時の溶出時間の変化を示したものです。溶離液濃度が高くなるにつれて,各イオンの溶出は早くなります。特に,硫酸とリン酸は大きな変化を示しています。

この関係は,理論的に説明することができます。イオンクロマトグラフィーのように低イオン交換容量のイオン交換樹脂を用い,溶離液濃度が低い場合には,図8-5右のグラフ内に示した式が成り立ちます。測定対象イオンの保持指数kと溶離液濃度 [A] の対数値は比例関係 (直線関係) にあります。また,近似線の傾きは試料イオンの価数ZBに比例します。塩化物イオンは1価,硫酸イオンは2価ですので,傾きの比は2 になります。つまり,価数の大きいイオン程溶離液濃度の影響が大きく,分離パターンが変化するということを意味しています。図8-4右では,傾きの比は2.07ですので概ね一致しています。尚,ZAは溶離剤イオンの価数,Cは溶離条件により決定される定数です。

図8-5 溶離液濃度と溶出時間との関係

陰イオン分析では,炭酸ナトリウムと炭酸水素ナトリウムの緩衝液系が広く用いられていますが,溶離液組成によっても溶出時間は変化し,溶離液濃度と同様に硫酸とリン酸は大きな変化を示します。図8-6に,炭酸ナトリウム濃度を固定して,炭酸水素ナトリウム濃度を変化させた時のクロマトグラムを示します。

図8-6 溶離液組成と溶出時間との関係

これらの結果から,溶離液濃度・組成を変化させることにより分離の調節ができるということが判ります。分離の調節については,「ご隠居達のIC四方山話シーズンIII」に書いてありますのでお暇な時にでももう一度ご覧になってください。

ここでまた,今回の本題に戻りますが,溶離液を変化させることで分離を調節することができるということは,溶離液濃度・組成が変化してしまえば再現性良く測定することができなくなるということです。上述した通り,濃縮溶離液の採取・希釈は正確に行ってください。特に,マイクロピペットを用いて端数濃度の溶離液を調製する場合には十分な注意が必要です。

濃縮溶離液としては表8-1に示した1 mol/L溶液を用いても良いのですが,少量採取の場合には採取誤差により組成比の微妙な変化が生じてしまいますので,事前に混合して100倍濃縮溶離液を作っておくことをお薦めします。例えば,Metrosep A Supp 5の標準溶離液は,3.2 mM Na2CO3/1.0 mM NaHCO3ですので,1 mol/L Na2CO3を160 mL,1 mol/L NaHCO3/を50 mL採取して,純水で500 mLに定容すれば100倍濃縮溶離液を調製できます。100倍濃縮溶離液であれば,10 mL全量ピペットでの採取になりますので,採取誤差を低減できます。また,表8-5に示す,市販の濃縮溶離液を用いるのも良いと思います。

表8-5 SIGMA-ALDRICH 製のMetrosep用濃縮溶離液

 
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最後に溶離液の寿命と使用中での変化について話をしておきましょう。

溶離液は用事調製が原則です。同一組成で調製しているので,残った溶離液に加えてもよさそうに思えますが,これは厳禁です。陰イオン分析の溶離液はアルカリ性ですので,空気中の炭酸ガス (CO2) を吸収しやすい状態になっています。炭酸ガスが炭酸ナトリウム溶液に吸収されると,炭酸水素ナトリウムに変化します。その結果,溶離力が低下して溶出時間が増加してしまいます。図8-7に,炭酸系溶離液で長時間連続使用した時のクロマトグラムを示します。このデータは,溶離液ボトルの蓋をせずに開放した状態で測定しました。60時間後には,約30%も溶出時間が増加しました。これだけ変化してしまうと,ピーク認識幅を逸脱してしまい定性・定量することはできません。

このような問題を引き起こさないため,ソーダ石灰 (ソーダライム) 等の塩基性吸着剤を充填した炭酸ガス吸収管を溶離液ボトルの蓋に接続してください (図8-7右)。これにより,空気中の炭酸ガスの吸収を抑え,溶離液を安定して使用することができます。炭酸ガス吸収管を接続することで,24時間での溶出時間の相対標準偏差RSDを0.3%以下に抑えることができます。溶離液は用事調製が原則なんですが,炭酸ガス吸収管を接続することで約50時間の測定は可能になります。さらに長期間の連続測定を行う必要がある場合には,溶離液生成モジュール941 Eluent Production Moduleを接続するようにしてください。

陽イオン分析の場合には,陰イオン分析のような問題はほとんど発生しません。しかし,酸性溶液はアンモニアを吸収しますので,溶離液及び試料溶液の汚染を防ぐため,装置の近くではアンモニア水を使用しないようにしてください。

図8-7 空気中の炭酸ガスの影響
 
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今回は,溶出時間変動の原因と対策について,ハードと溶離液に関する話をいたしました。溶出時間はクロマトグラフィーの命,唯一の定性根拠ですので,環境,装置,溶離液には十分な注意を払うようにしてください。溶出時間変動の原因は,今回お話ししたもの以外にもいくつかありますので,次回にお話ししようと思っています。

それでは,また・・・

 

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