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陰イオン分析用のサプレッサには陽イオン交換樹脂が,陽イオン分析用サプレッサには陰イオン交換樹脂が充填されています。サプレッサは堅牢なもので,短期間で性能が低下してしまうなんてことはありませんが、それでもいくつかのトラブルが発生することがあります。
今回はその原因と対策について、ご隠居さんがわかりやすく解説します。

シーズン4 その睦(六)

 

 

こんにちはぁ~。皆さんお元気にお過ごしですかね?

本シーズンでは日常によくあるトラブルとその原因,そしてオペレータが対応可能な対策についてお話をしていますが,いかがでしょうか?ただ,トラブル現象は似ていても,その原因は一つではなく,複合的に作用していますので,適切な対処をしたとしても直ぐには治らないんです。正直なところ,我々も直ぐにはトラブル原因に辿り着かず,苦慮することも多々あります。

そんな時役に立つのは,トラブル発生前の情報です。どのような操作をし,どのような試料を測定していたのかということです。また,実験室内の環境や変化等の情報も大いに役に立ちます。些細なことでもいいんです。これらの情報がトラブル解決の大きなヒントになるんです。トラブル原因の究明は,探偵ごっこみたいなんで,記録/記憶がしっかりしていて,有用情報が入れば原因究明も速やかになり,適切な対処/対策が打てるってもんです。まぁ,正確な記録/記憶は,それ自身がトラブル対策ですので,何か変なことが起きた場合には,速やかにトラブル発生前の記録/記憶を当たってください。

 
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さて,今回はサプレッサが原因となるベースライン変動について少しお話をしましょう。

サプレッサは堅牢なもので,短期間で性能が低下してしまうなんてことはありません。陰イオン分析用のサプレッサには陽イオン交換樹脂が,陽イオン分析用サプレッサには陰イオン交換樹脂が充填されています。これらのイオン交換樹脂の基材樹脂はポリスチレンですので,イオン以外にも疎水性有機物が吸着してしまいます。従って,試料中に疎水性有機物が含まれていると,サプレッサのイオン交換樹脂に蓄積し,サプレッション能力が低下してしまうという問題が起きてしまいます。しかし,サプレッサの前には分離カラムが接続されていますので,疎水性有機物は分離カラムに吸着してサプレッサに到達することはありません。当然,疎水性有機物を含む試料は何らかの前処理が施された後に測定に供されるでしょうから,サプレッサまで流れてくることは皆無といってよいでしょう。けど,それでもいくつかトラブルが発生することがあります。

サプレスト式陰イオン分析の場合を例にとってお話ししましょう。

測定対象試料は,当然陰イオンですね。試料中でそれら陰イオンの対イオンは何になっているでしょうか?一般的な環境水ではナトリウムイオンが比較的高濃度に含まれていますので,対イオンはナトリウムイオンと考えてよいと思います。しかし,カルシウムイオンや遷移金属イオンだって,少しは試料中には含まれているんじゃないでしょうか?

これらのイオンは,どうなるんですかね?分離カラムの充填剤は陰イオン交換樹脂ですので,これらのイオンは静電的に反発して保持されることはありません。つまり,これらのイオンはウォーターディップ (厳密には,ウォーターディップの直前) のところに溶出し,そしてサプレッサに送られます。サプレッサの充填剤は陽イオン交換樹脂ですので,これらのイオンはサプレッサに捉まるということになります。

サプレッサは,1分析毎に再生液 (通常は0.1 mol/L H2SO4) を通液して再生します。

ここで,一般的なスルホン酸型陽イオン交換樹脂における陽イオンの相対選択係数を下記に示します。( ) 内が相対選択係数です。

H+ (1.0) < Na+ (1.5) < Mg2+ (2.5) < Fe2+ (2.55) < Zn2+ (2.7) < Cu2+ (2.9) < Ca2+ (3.9)

相対選択係数の数値は指数ですので,銅イオンはナトリウムイオンの約25倍,カルシウムイオンは約250倍も強くスルホン酸型陽イオン交換樹脂に捕捉されるんです。ナトリウムイオンを硫酸で溶出させることは容易なんですが,銅イオンはそう簡単には洗い出せません。カルシウムイオンはちょっと厄介で,相対選択係数だけでなく溶解度が低いという問題もあります。硫酸銅の溶解度は168 g/Lに対して硫酸カルシウムは2.1 g/Lです。スルホン酸型陽イオン交換樹脂のイオン交換基はスルホ基で,硫酸イオンではありませんが,これらの金属イオンと硫酸塩と同様の塩を形成します。ということで,カルシウムイオンも溶出させるのは難しいんです。これらのことは,アルカリ土類金属イオンや遷移金属イオンを含む試料を測定し続けていると,これらのイオンが蓄積してサプレッション能力が低下してしまうということを意味しています。

アルカリ土類金属イオンや遷移金属イオンによりサプレッション能力が低下したと思われる場合には,サプレッサの洗浄が必要になります。サプレッサの洗浄には,0.1 mol/L H2SO4 + 0.1 mol/L シュウ酸 + 5% アセトンを用います。シュウ酸は,アルカリ土類金属イオンや遷移金属イオンと錯体を形成しますので,スルホン酸型強酸性陽イオン交換樹脂に捕捉されたこれらのイオンを洗い流してくれます。サプレッサのサプレッション測定時間が短くなってきたと思われる場合には試してください。

 
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図6-1に,重金属イオンを含む試料を測定し続けた時のクロマトグラムを示します。汚染されたサプレッサを用いた時には,ベースライン変動が観察されています。このサプレッサは,上記シュウ酸を含む洗浄液で洗浄した後,1 mol/L H3PO4 で洗浄して再度使用しました。但し,継続して重金属イオンを含む試料を測定するとのことで,再生液は0.1 mol/L H3PO4を使用しました。その後は,安定して測定できています。

図6-1 サプレッサの汚染によるベースライン変動
 
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サプレッサに関わるトラブルでよくあるのが,再生液が流れていないことによるベースライン変動です。サプレッサのサプレッション能力は十分にあり,Metrosep A Supp 5 の標準条件 (3.2 mM Na2CO3 / 1.0 mM NaHCO3, 0.7 mL/min) では,MSM Rotor Aは約 90 min,MSM-HC Rotor Aでは約 350 minの測定が可能です。MSM Rotor Aでも,20分の分析時間であれば再生せずに4回も測定できるってことになります。逆の視点で見れば,4回測定してもサプレッサ再生液が流れていないということに気が付かないってことです。実際,サプレッサの部屋 (キャビティ) は3つありますので,計12回測定を継続しても気が付かないということになります。

図6-2に,サプレッサ再生液を送液せずに測定した陰イオンのクロマトグラムを示します。サプレッサにはMSM Rotor Aを使っています。13回目の途中でベースラインが上がり始め,最終的に約700 µS/cmまで上昇してしまいました。MSM Rotor Aのサプレッション可能時間は,Metrosep A Supp 5 の標準条件で約 90 minですので,この結果と概ね一致しています。

この結果で明白なように,連続測定を行うときには,サプレッサ再生液の液量,送液流量を必ず確認しておくようにしてください。

図6-2 サプレッサ再生液停止時のベースライン変動
 
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サプレッサ再生液が停止した時の問題は上記の通りですが,洗浄液 (純水) が停止した時にもベースライン変動が観察されます。これは,大凡想像できますね。再生液は硫酸で,洗浄液は残存した硫酸を洗い出しているということです。つまり,硫酸が残存していますので,次の分析では電気伝導度が高い所から分析が開始し,その後,溶離液が流れてきて正常の電気伝導度に向かうという動きになりますね。

図6-3に,洗浄液が停止した時の陰イオンのクロマトグラムを示します。上記の想定通り,高い電気伝導度から始まり,分析が進むにつれて電気伝導度が下がってきます。しかし,18分経過しても洗浄液が流れている正常時と同じ電気伝導度にはなっていません。MSM Rotor Aのキャビティ内の空隙容量は50 µLということになっていますので,速やかに置換されそうなものですが,実際には,硫酸は陽イオン交換樹脂に染み込んでいますのでそう簡単には置換できません。そのため図6-3のような結果になります。

この結果で明白なように,連続測定を行うときには,サプレッサ再生液だけでなく,洗浄液の液量,送液流量も必ず確認しておくようにしてください。

図6-3 洗浄液停止時の陰イオンのクロマトグラム
 
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サプレッサ再生液及び洗浄液の問題はお分かりになったと思います。最後に,もう一つ,サプレッサ部分での圧力上昇についてお話をしておきましょう。

配管の詰まりによる圧力変動は,開示されているバックプレッシャの値 (表6-1) と比較することで確認できます。まず,カラム及びサプレッサを取り外して,インジェクタ出口と検出器入口とをユニオンで接続して,溶離液を流量1.0 mL/minで送液して圧力を読み取ってください。表6-1に示した値以下であれば問題ありません。次いで,サプレッサを入れて同様に圧力を読み取ってください。表6-1に示した値以下であれば問題ありませんが,表6-1に示した値以上であればサプレッサのどこかに原因があるということになります。

通常,サプレッサ部分での圧力上昇は,サプレッサ接続配管が原因です。サプレッサ接続配管はPTFE製 (≈ Teflon®) ですが,PTFEは軟質のため締めすぎると内径が潰れて閉塞に近い状態になってしまいます。この場合には,一旦接続部の押しねじを緩めて,液が漏れない程度まで少しずつ締め込んでください。尚,真の原因がはっきりしないのですが,配管に詰まりが生じてしまうことがあります。詰まりが生じる部位はサプレッサの入口配管 (分離カラム側) です。配管の締め直しをしても圧力上昇が収まらない場合は,配管自体の詰まりかもしれません。このような場合には,サプレッサの入口配管の先端数mmを切断して接続し直してください。

 
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今回は,サプレッサが原因となるベースライン変動と圧力上昇についてお話をしました。上記にも書きましたが,サプレッサ再生液や洗浄液が流れていなければ測定をすることができません。連続測定を行うときには,サプレッサ再生液と共に洗浄液の液量,送液流量を必ず確認しておくようにしてください。また,重金属イオンを含む試料の場合には前処理により事前の除去するようにしてくださいね。今回はここまでとしましょう。

それでは,また・・・

 

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