元の言語のページへ戻りました

前回に引き続き、ベースラインノイズの続編です。今回は、イオンクロマトグラフの溶離液用高圧ポンプ、温度調節,電気系を原因とするベースラインノイズの原因と対処策についてのお話しです。

シーズン4 その肆(四)

 

 

こんにちはぁ~。お元気ですか?

前回はベースラインノイズに関する問題定義をしたまま1つしかお話できませんでしたので,今回はその続きをお話ししましょう。話の続きを始める前に,もう一度,前回のノイズパターンをお見せします。

図4-1 ベースラインノイズの例 (第参話の図3-1と同じ)

図4-1のa) は,高圧ポンプへの空気の巻き込みが原因でしたね。このような現象が観察されたら高圧ポンプの気泡抜きを行うと共に,溶離液の脱気とオンラインデガッサを使用するようにしてくださいね。その他は,それぞれb) は溶離液用の高圧ポンプ,c) は温度調節,d) は電気系を原因とするベースラインノイズの例です。今回は,これらの原因と対処策についてお話しすることとしましょう。

 
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------


先ず,溶離液用の高圧ポンプの不良に基づくベースラインノイズについてですが・・・

その前に,高圧プランジャポンプの送液機構からお話ししましょう。図4-2に,高圧プランジャポンプの構造を模擬的に示しました。図のプランジャ (ピストン) が左右に動いて溶液の吸引・吐出を繰り返しますが,この繰り返しだけでは送液することはできません。プランジャが吐出方向に動いた時,吸込口が閉じて,排出口が開いていなければなりません。吸引の場合にはこの逆になっている必要があります。この閉じたり締まったりする機構は,チェックバルブによって達成されています。チェックバルブは,吸込側弁座,排出側弁座 (共にサファイア製) と,真球のボール (ルビー製) から構成されており,プランジャの動き (シリンダーの内圧) に合わせてボールが上下して,逆方向への液の流れを閉じるようになっています。けど,これだけではまだ不十分です。シリンダーの内圧が高くなるとプランジャの隙間からの液漏れが発生してしまいます。この液漏れを防ぐために,リング状のピストンパッキンがプランジャに密着するように取り付けられています。これらの機構によって高圧での送液が可能となっているんです。

尚,チェックバルブの構成部品は小さく,向きを逆にセットしてしまうと全く送液できなくなってしまいます。そのため,最近ではアッセンブルされた形で装着されています。これにより,メンテナンスも容易になっています。大雑把な説明ですが,何となくお判りいただけましたかな。

図4-2 高圧プランジャポンプの構造と送液機構

 

高圧プランジャポンプは,プランジャが左右することにより送液されるため,必然的に断続的な送液となって脈 (パルス) が発生します。この脈を小さくするため,ポンプヘッドをもう一つ付けて交互に送液するダブルプランジャ型ポンプがあります。最近では,吸引時や吐出時の吐出量不足を補填 (補償・補足) するような第2のポンプヘッドを直列に繋げたものが主流となっています。しかし,第2のポンプヘッドを設けたとしても,送液流量や圧力によっては完全に補償することはできません。そこで,脈を小さくするための緩衝器 (パルスダンパ) が取り付けられています。図4-3に,パルスダンパの効果を示します。ポンプの脈が小さくなっているのが判ると思います。

図4-3 高圧ポンプの脈流とパルスダンパの効果
 
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------


高圧プランジャポンプの送液機構についてはお判りいただけたと思いますが,高圧ポンプを構成する各パーツが正確に動かない状態になってしまうと安定な送液ができなくなり,その結果としてベースラインノイズとして観察されます。例えば,チェックバルブのところに小さなゴミや粒子が入り込んでしまうとボールの動きを阻害しますし,ボールや弁座に汚れが付着すれば密着性が低下してしまいます。また,ピストンパッキンが摩耗して密着性が低下してしまうと,高圧化になった溶液がポンプヘッドの裏側に漏れてしまいます。このようなことが起こってしまうと,安定したベースラインを得ることはできなくなってしまいます。

ここで,図4-1のb) の話ですが,トラブル原因は “ピストンパッキンの劣化” です。ピストンパッキンが連続する高圧に耐えられず,時々僅かに液漏れが生じてしまうことにより不規則なベースライン変動が発生します。チェックバルブの不良でも似たようなノイズパターンになることもありますが,通常チェックバルブの不良の場合には規則的なノイズが観察されます。図4-4に両者の典型的なノイズパターンを示します。高圧ポンプがノイズの原因であるときには圧力変動も観察されますので,ノイズパターンと併せて判断すれば原因を特定することができます。

 

図4-4 チェックバルブ及びピストンパッキン不良によるベースラインノイズの一例
 
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------


さて,これらのトラブルにどのように対処しましょうか?

ピストンパッキンが原因である場合には,肝心の内側が摩耗してしまっていますので再利用することはできません。従って,新品と交換ということになります。交換方法に関しては装置の取扱説明書に記載されていますので,詳細はそちらを参照してください。尚,ピストンパッキンの交換時には,ジルコニア製のプランジャ (ピストン) に汚れが無いかを確認してください。汚れがある場合には,純水で洗い流す,あるいはエタノールを染み込ませた柔らかな布か紙でそっと拭いて汚れを落としてから,新品のピストンパッキンに交換してください。

チェックバルブが原因である場合には,先ずは洗浄です。取扱説明書に従ってチェックバルブ (アッセンブルされています) を取り出し,洗瓶等を用いて純水またはアセトンを通液させて洗浄します。この通液洗浄は数回行ってください。また,通液洗浄の間に,純水を満たしたビーカー中に入れて超音波を1~2分位照射すると洗浄効果が上がる場合もあります。洗浄後もチェックバルブの状態が解消されない場合には交換する必要があります。

高圧ポンプへの粒子の混入を防ぐためには,溶離液吸込側チューブにアスピレーションフィルタを取り付けるという方法があります。これにより,チェックバルブの動きに支障を与える粒子分を除去することができます。但し,長期間使用してアスピレーションフィルタに目詰まりが発生すると,溶離液に気泡が発生し易くなりますので定期的に交換するようにしてください。

図4-5 アスピレーションフィルタの取り付け
 
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------


図4-1 c) は,温度の影響と推定されます。第貳話でお話ししましたが,電気伝導度は温度依存性が高く,温度変化でその値が変化します。一定方向に温度が変化する場合にはベースラインのドリフトが観察されますが,温度が上下するとうねりとして観察されます。図4-1 c) では,概ね約5分周期の規則的なうねりが観察されています。うねりの幅は,20~25 nS/cmです。このデータはサプレスト式陰イオン測定の条件で測定したもので,バックグランド電気伝導度は約12 µS/cmです。図4-1 c) の変動がすべて温度に依存しているとすると,電気伝導度の温度依存性 (約2%/°C) から,±0.1°Cの温度変化が規則的に起きていることとなります。

空調機の風が直撃しているときにもこのような変動が観察されることがありますが,このデータの測定時はカラム恒温槽を使用していました。但し,Metrohm純正のものではなく,外付けの空気循環式のカラム恒温槽でした。そこで,カラム恒温槽をアルミブロック式のものと交換したところ,この周期的な変動は検出されなくなりました。このことから考えると,カラム恒温槽のヒーターのON/OFFによる温度変化を検出していたものと判断しました。

空気循環式カラム恒温槽が悪いというのではありません。電気伝導度検出に適さないカラム恒温槽を使用したことが問題なのです。どのような機器でも使用目的を考えて設計され,仕様が決められています。このことを十分考慮して機種選定をしなければなりません。カラム恒温槽に関しては,単なるON/OFF制御ではなく (例えば,比例制御型やPID制御型) を選択するようにしてください。比例制御型やPID制御型を用いることにより,オーバーシュートや温度変動を解消できます (図4-6)。また,温度安定性は±0.05°C以下,できれば±0.02°C以下のものを用いてください。機器の選定は難しい面がありますが,イオンクロマトグラフィ用として設計されたものを選定してください。

図4-6 カラム恒温槽の温度制御: ON/OFF制御と比例制御
 
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
 
 
最後のd) は,電気的なトラブルによるものです。鋭角で大きなノイズが観察され,ベースラインが飛んでなかなか戻ってきていません。この時の原因はイオンクロマトグラフ本体の電気系の不良で,マザーボードを交換することで解消することができました。図4-1 d) には極端な例を示しましたが,電気系のトラブルでは図4-7のような比較的小さなノイズも観察されます。この場合にも,鋭角な髭のようなノイズが観察され,ベースラインの飛びも見られます。これもイオンクロマトグラフ本体の電気系の不良かもしれませんが,外部機器の影響かもしれません。周辺に電磁波を発生する機器がある場合や,スイッチング時に大きな電流が流れる機器がある場合にも,ベースラインノイズが大きくなり,髭ノイズが観察されることがあります。このような恐れがある場合には,イオンクロマトグラフの設置場所を変更してベースラインの状態を確認してください。尚,イオンクロマトグラフ自身が問題である場合には,お問い合わせの上,修理を依頼してください。
 
 
図4-7 電気系のトラブルによるベースラインノイズの一例
 
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------


2話に亘ってしまいましたが,ベースラインノイズの問題についてお話いたしました。一般に観察されるノイズの主な原因は高圧ポンプですので,溶離液を含め適正な取り扱いをし,定期的にメンテナンスを行っていれば大きな問題は発生しないと思います。メーカーの保守点検サービスを利用するのも良いかと思います。

それでは,また・・・

 

下記資料は外部サイト(イプロス)から無料ダウンロードできます。
こちらもぜひご利用ください。