元の言語のページへ戻りました

前回に引き続き、イオンクロマトグラフィーび「前処理に絡む汚染,そしてピーク面積値の変動についての話の続きです。

シーズン4 その拾捌(十八)

こんにちはぁ~。前回,善福寺池まで散歩した話をしましたが,実は善福寺池の続きで,井草八幡宮まで足を延ばしていたんですよ。井草八幡は青梅街道に面してあり,その名の通り,祭神は八幡様 (応神天皇も合祀) です。八幡様の本家は大分の宇佐八幡ですが,源氏に関わる神社には八幡様が多いですね。井草八幡も源頼朝が奥州征伐の際に戦勝祈願をして立ち寄ったとされ,それ以降八幡宮になったそうです。頼朝お手植えの松ってのもありますが,2代目だそうです。まだ見たことが無いんですが,流鏑馬もやるそうですよ。北参道入口近くには富士塚もあるんですが,中に入ることはできず駐車場側からの見学でした。調子に乗って東伏見稲荷神社まで行こうかと思ったんですが,吉祥寺から1時間半も歩いた上に,さらに5 kmは流石にきついので次回に回しました。

さて,今回は,前回の予告通り,前処理に絡む汚染,そしてピーク面積値の変動についての話の続きです。

 
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

前回,イオンクロマトグラフィの試料は “きれいな水” であると書きましたが,分離カラムや装置にダメージを与えるような物質は含まれていない水溶液ってことです。飲料水や用水,汚染の少ない河川水や井戸水等は,精密ろ過 (ミクロろ過) だけで安定した測定が可能です。しかし,イオンクロマトグラフィの使用分野は広く,測定試料も多種多彩ですので,ミクロろ過だけでは分離カラムに注入できない試料も多々あります。従って,何らかの前処理・除去操作が必要となるんです。

イオンクロマトグラフィでは,ポリスチレンやポリビニルアルコール等を基材樹脂としたイオン交換樹脂でイオン分離を行います。これらの基材樹脂は高分子有機化合物,所謂プラスチックですので,疎水性有機化合物は疎水性相互作用によって基材樹脂表面に吸着してしまいます。吸着した疎水性有機化合物は,適切な有機溶媒を用いれば洗い出すことが理論上可能です。しかし,高速液体クロマトグラフィ (HPLC) とは異なり,イオンクロマトグラフィでは有機溶媒を含まない希薄な塩水溶液 (緩衝液) を溶離液としているので測定中に吸着性成分を溶離させることはできません。また,充填状態が変化してカラム性能が低下してしまうため,通液できる有機溶媒の種類や濃度が限定されています。ということで,疎水性有機化合物が吸着してしまった場合には,分離カラムを完全に再生することは困難なんです。つまり,分離カラムに強く吸着してしまう疎水性有機化合物は分離カラムに注入してはならず,何らかの前処理法により事前に除去しなければならないということなんです。

一般に,水溶液中の疎水性有機化合物の除去には,固相抽出法 (Solid Phase Extraction: SPE) が用いられます。固相抽出法については,第玖話 溶出時間の変動 -2にも書きましたが,結構有用な手法ですので少し丁寧にお話ししておきましょう。固相抽出法は,有機化合物の除去,濃縮,粗分画用として開発されたもので,HPLCやGCの前処理に広く用いられています。固相抽出法では,図18-1左に示すような,ディスポーザブルカートリッジに充填された不溶性吸着剤 (固相抽出剤) への親和性を利用して,測定対象成分の抽出/濃縮,夾雑成分の分離/除去を行います。

基本操作は,図18-1に示す通り,①コンディショニング,②試料負荷,③洗浄/乾燥,④溶出の4工程です。水溶液中の疎水性有機化合物の抽出を例にとって話をします。固相抽出剤にはオクタデシル基結合シリカゲル (ODS) やポリスチレンゲル等の疎水性樹脂が使用され,メタノールあるいはアセトニトリルを通液後,純水を通液して固相抽出剤のコンディショニングを行います。その後,試料溶液を通液して,固相抽出剤で目的成分を抽出/濃縮します。固相抽出剤には試料溶液中の不要な成分も抽出されていますので,適切な溶媒を用いて固相抽出剤を洗浄して,夾雑成分を分離/除去します。さらに,窒素ガス等を通気して過剰の洗浄溶媒を押し出し,必要に応じて固相抽出剤を乾燥させます。最後に,固相抽出剤に抽出/濃縮された成分を適切な溶離液で溶出させ,HPLCやGCの測定用試料溶液とします。必要に応じて溶媒留去,乾固/再溶解して測定用試料溶液とします。

図18-1 固相抽出法 (SPE) の基本操作
 
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

 

残念ながら,ODSシリカやポリスチレンゲルには無機イオンは捕捉されないため,無機イオンの抽出/濃縮や分画を行うことはできません。そこで,イオンクロマトグラフィでは,妨害を引き起こす夾雑成分を固相抽出剤に捕捉させて吸着除去し,固相抽出カートリッジの通過液を測定用試料溶液とします。イオンクロマトグラフィ用の固相抽出カートリッジは,図18-2左のように注射筒を直接接続できる構造となっています。固相抽出法によるマトリックスの除去操作は簡単で,注射筒に純水10 ~ 20 mLを採取し,先端に固相抽出カートリッジを取り付け,純水を通液して固相抽出カートリッジを洗浄します。その後,5 ~ 10 mLの試料を注射筒に採取し,洗浄した固相抽出カートリッジを取り付けて,試料溶液を通液します。固相抽出カートリッジを通過した溶出液の最初の1 ~ 2 mLは必ず廃棄して,それ以降の通過液を測定用試料溶液として試料バイアル等に採取します。

図18-2 イオンクロマトグラフィにおける固相抽出法 (SPE)

疎水性有機化合物の除去にはポリスチレゲルやODSシリカが充填された固相抽出カートリッジを用いますが,それ以外にもイオンクロマトグラフィ用の固相抽出カートリッジが市販されています。表18-1及び表18-2に,イオンクロマトグラフィ用固相抽出剤の種類と用途,及びMetrohm ICサンプル前処理カートリッジの種類を示します。

疎水性有機化合物の除去については上述した通りで,ポリスチレンゲルやODSシリカが充填された固相抽出カートリッジを用いれば対応可能ですが,これらのカートリッジを用いれば水溶性のタンパク質の除去も可能です。図18-3に,ポリスチレン系固相抽出カートリッジによるタンパク質の除去例を示します。固相抽出カートリッジに通液することで,280nmの吸収がなくなり,タンパク質 (牛血清アルブミン,BSA) をほぼ完全に除去できているのが判ると思います。また,疎水基を持つアミノ酸も固相抽出剤に捕捉されますが,20%メタノールで容易に溶出してしまいますので,水溶液中のアミノ酸類を完全に除去するというのは困難です。

図18-3 ポリスチレン系固相抽出カートリッジによるタンパク質の除去
 
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------


試料負荷時に溶出液の最初の1 ~ 2 mLを廃棄すると書きましたが,これは,固相抽出カートリッジ内の残存溶媒の置き換えと溶出イオンによる汚染を避けるためです。固相抽出カートリッジ (充填量:0.5 mL) に純水1 mLを通液させたときの溶出液中の陰イオン濃度を図18-4に示します。陽イオン交換樹脂充填固相抽出カートリッジCExからは5 mg/Lもの塩化物イオンが溶出し,他の固相抽出カートリッジからはサブmg/Lの塩化物イオン及び硫酸イオンが溶出しました。ディスポーザブルメンブレンフィルタと比べると一桁以上高濃度であるため,十分な汚染対策が必要となります。

図18-4 固相抽出カートリッジからのイオンの溶出(ODS-1,ODS-2:ODSシリカ,RP-1,RP-2,RP-3:ポリスチレンゲル,CEx:陽イオン交換樹脂)

固相抽出カートリッジからのイオンの溶出を低減するには,事前の純水洗浄が必要となります。図18-5左に示す手法で,純水洗浄の効果を調べました。ポリスチレンゲルは純水6 mL以上で,ODSシリカ及び陽イオン交換樹脂では純水10 mL以上で10 µg/L以下にできることが判りました。これらのことから,固相抽出カートリッジを用いる場合には,10 ~ 20 mLの純水による事前洗浄が必要であることが判ります。尚,ブランク測定や添加回収試験は必ず行ってください。

図18-5 固相抽出カートリッジからの溶出物評価
 
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------


試料負荷時に溶出液の最初の1 ~ 2 mLを廃棄するのには,もう一つの理由があります。通常,測定対象イオンと相互作用しない固相抽出剤を用いますが,固相抽出剤は主相互作用とは異なる二次効果相互作用を示すことがあります。一般に,二次効果相互作用は主相互作用よりも弱い作用なのですが,初期溶出液は組成変化しているかもしれません。そこで,組成の平衡化を考えて初期溶出液を廃棄しています。図18-6及び図18-7に,無機陰イオン及び有機酸イオンの透過回収率を調べた結果を示します。10 mLの純水で洗浄した固相抽出カートリッジ (充填量:0.5 mL) にイオン標準液を負荷し,初期溶出液1 mLを廃棄し,その後の1 mLを採取して測定しました。この結果で明白なように,特徴的な捕捉作用を示して回収率が低下する固相抽出剤がありますので,初期溶出液の1 ~ 2 mL,場合によってはさらに多くを廃棄するべきであるということが判ると思います。

図18-6 無機陰イオンの透過回収率
図18-7 有機酸イオンの透過回収率
 
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------


今回は固相抽出法適用時における,汚染や吸着による組成変化についてお話ししました。固相抽出法は分離カラムや装置を保護するために必要不可欠,有用な手法なのですが,溶出物や回収率,ブランク試験等に関して詳細な事前評価が必要です。お忘れなく!

それでは,また・・・

 

下記資料は外部サイト(イプロス)から無料ダウンロードできます。
こちらもぜひご利用ください。