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イオンクロマトグラフィの分析で、多くの試料は,ろ過と希釈をするだけで良好な結果を得ることができます。しかし,器具や容器からのイオンの溶出と共に,ろ過材からのイオンの溶出にも十分な注意が必要です。今回と次回次回に分けて、前処理操作に絡む汚染・ピーク面積値の増減についてお話しします。

シーズン4 その拾漆(十七)

こんにちはぁ~。お元気ですかぁ~?

ここのところ散歩で結構歩いているので,腰のほうは少し楽になってきました。今回は,吉祥寺駅から,武蔵野美術大学,東京女子大を通って,善福寺公園まで行きました。吉祥寺駅から3 km弱ですね。吉祥寺もそうですが,善福寺も地名に相当するお寺はありません。吉祥寺は駒込吉祥寺から移動した人たちが付けたんです。善福寺のほうはあるにはあったんですが,江戸時代に廃寺になっているそうです。善福寺公園の中心の善福寺池は湧水池で,江戸の神田上水の水源になっていたそうです。また,源頼朝由来の「遅の井 (おそのい)」というのもあります。善福寺池は杉並区なんですが,井之頭公園や石神井公園 (これらも湧水池) と共に武蔵野の面影を残す場所ですね。ちなみに,貸しボートもありますよ。

さて,今回もまたまた汚染の話ですが,今回次回と前処理操作に絡む汚染・ピーク面積値の増減についてお話しします。

 
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イオンクロマトグラフィは広い分野で使用されていますが,開発当初から現在まで,最も使用されている分野・用途は水質試験・水質管理です。公定試験方法にも採用されたこともあり,上水や工業用水の試験・管理は,すべてイオンクロマトグラフィによって行われているといっても過言ではありません。これらの分野における測定対象イオンの濃度範囲はサブmg/L (ppm) ~ 数十mg/L (ppm) で,イオンクロマトグラフィにとって好適な範囲であったことが水質試験・水質管理分野での急速な普及に大いに関係したと思います。当然,イオンクロマトグラフの安定性,再現性,操作性も良好であったことも,分離分析に不慣れな人たちにも抵抗なく受け入れられた理由だと思います。特に,水道水や用水は “きれいな水” であるため,前処理が不要という点が好印象を与えたと思います。

これまで何度も書きましたが,イオンクロマトグラフィの測定対象は身の回りに存在し,容易に試料汚染を引き起こしますので,前処理をしないというのは大きな利点になります。しかし,“きれいな水” といったって採取したての,超純水ではないので,分離カラムや装置の負荷となる物質が存在している可能性があります。どんな試料にだって,カラムフィルタの目詰まりを発生させる微粒子が存在していると思います。1回や2回の測定でははっきりしないでしょうが,連続して測定しているとカラム圧力が上昇するだけじゃなく,未知ピークの発生やカラム性能の低下が引き起こされてしまいます。このような問題を防ぐためには,“きれいな水” であっても,測定試料をイオンクロマトグラフに注入する (オートサンプラに並べる) 前に精密ろ過 (ミクロろ過) をしておく必要があります。

イオンクロマトグラフィは環境水中のイオン分析にも広く利用されていますが,河川水,雨水,地下水等の中には粒子だけじゃなく微生物・細菌が存在しています。“きれいな水” ではありません。粒子はイオンを放出・吸着する恐れがあり,触媒的な働きをして夾雑成分の分解や反応を促進する可能性もあります。第拾陸話に書きましたように,微生物・細菌がいればイオンの増減が発生します。従って,採取後早期にろ過をして粒子や微生物・細菌の除去をしなければなりません。当然,長期保管なんかはせずに,速やかに測定を行う必要があります。

 
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ろ過は,イオンクロマトグラフィにおける前処理の基礎基本であり,必須の操作ですので,ろ過の話からはじめましょう。図17-1に,主な粒子の粒子径とろ過方法を簡単にまとめました。

図17-1 主な粒子の粒子径とろ過方法

分離カラムに充填されている充填剤の粒子径は3 ~ 5 µmで,カラムフィルタの孔径は1 ~ 2 µmですので,サブµmの粒子はカラムフィルタに捕捉されて目詰りを引き起こしてしまいます。フィルタ (ろ過材) での粒子の捕捉に関しては,第漆話 圧力上昇に書いておきましたのでもう一度読んでおいてくださいね。つまり,イオンクロマトグラフの測定試料はサブµm (0.1 ~ 0.5 µm) のろ過材 (メンブレンフィルタ) でろ過しておかねばならないということになります。しかし,実際の河川水や雨水をサブµm (0.1 ~ 0.5 µm) のメンブレンフィルタでろ過するのは困難です。直ぐに目詰まりしてしまうので,事前に5 ~ 10 µmのろ過材 (ろ紙) でろ過しておく必要があります。

といっても,ろ紙にもいろんな種類があり,特性が異なります。表17-1及び表17-2に,日本産業規格 JIS P 3801 ろ紙 (化学分析用) に規定されているろ紙の種類と特性を示します。ろ紙には定性ろ紙と定量ろ紙がありますが,私は特性が安定している定量ろ紙を好んで使用しています。保持粒子径からJISろ紙5種Aあるいはろ紙5種Bを用いて採取溶液の事前ろ過を行います。ろ紙1種あるいはろ紙2種を用いてろ過しても構いません。事前ろ過した試料溶液を,0.1 ~ 0.5 µmのメンブレンフィルタで精密ろ過した溶液を測定用試料溶液とします。

備考 濾水時間:JIS P 3801により,ヘルツベルヒろ過速度試験機を使用し,10cm2のろ紙面において,20°C,100mLの蒸留水を0.98kPaの圧力によりろ過する時間。吸水度:細長いろ紙を20°Cの水中に立て,10分間に上昇する水の高さ。破裂強さ:JIS P 8112紙⎯破裂強さ試験方法により測定した圧力。湿潤破裂強さ:試料を水に浸漬後,JIS P 8112紙⎯破裂強さ試験方法に準じ,測定した圧力。保持粒子径:JIS Z 8901で規定された7種粉体分散水を自然ろ過した時,90%以上を保持できる粒子径。最高使用温度,使用可能pH範囲は,圧力,時間などの条件により異なるので目安である

試料のろ過操作にはろ過瓶を使用しても構いませんが,器具・容器からの汚染が問題となりますので,吸引鐘を用いるのがよいと思います。図17-2に示すように,鐘の中に清浄な容器を入れてろ過します。この時,ろ過材 (ろ紙,メンブレンフィルタ) からのイオンの溶出が問題となりますので,ろ過材は純水で事前に洗浄しておく必要があります。また,試料容器は第拾貳話及び第拾肆話で示した方法で十分に洗浄したものを用い,初期ろ液で共洗いした後,試料溶液を採取します。

0.1 ~ 0.5 µmのメンブレンフィルタで精密ろ過した溶液を直ぐに測定しない場合は,冷蔵庫で保管します。この時,試料溶液を2ないし3分割して小分けしておくと,再測定に対応できます。また,試料溶液の口まで入れて,容器上部に空気層が無いようにしておくと変質し難くなります。

図17-2 吸引鐘を用いる試料溶液のろ過
 
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イオンクロマトグラフに注入する測定溶液は,0.1 ~ 0.5 µmのメンブレンフィルタで精密ろ過します。一般に,図17-3に示すような,0.45 µmあるいは0.22 µmのディスポーザブルメンブレンフィルタを用います。メンブレンフィルタには種々の材質のものがあり,それぞれ細孔状態や特性が異なっています。図17-4に代表的なメンブレンフィルタの電子顕微鏡写真を,また表17-3にメンブレンフィルタ材質の耐薬品性を示します。イオンクロマトグラフィの試料は水溶液であるので濡れ性を有する材質が好ましく,通常,親水化PTFE製あるいは親水化PVdFを用いて精密ろ過します。酢酸セルロースの使用も可能ですが,有機溶媒に溶けるため有機溶媒を含む試料のろ過には適しません。硝酸セルロースは硝酸イオンが溶出しますので,イオンクロマトグラフィでの使用は好ましくありません。

図17-3 ディスポーザブルメンブレンフィルタ
図17-4 ろ過材・メンブレンフィルタの電子顕微鏡写真
 
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事前に精密ろ過した試料溶液であっても,保管されたものについては,試料注入前に精密ろ過を行います。試料溶液をディスポーザブルシリンジに採り,シリンジの先にディスポーザブルメンブレンフィルタを取り付けてろ過をしますが,このときチョイとした注意が必要です。

一つ目は,メンブレンフィルタの洗浄です。ろ過材の洗浄が必要なことは既に書きましたが,ディスポーザブルメンブレンフィルタを使用する場合にも十分な洗浄が必要です。図17-5に,ディスポーザブルメンブレンフィルタからのイオンの溶出について調べた結果を示します。直径13 mmのディスポーザブルメンブレンフィルタ (孔径0.45 µm ) に採取したての超純水1 mLを通液し,イオン溶出量 (溶出液中のイオン濃度) を調べたものです。また,遠心分離型限外濾過膜カートリッジの評価結果も併せて示します。ろ過材の材質により溶出イオン種及び濃度が異なりますが,サブmg/L (ppm) の溶出があることが判ります。イオンの溶出量は純水洗浄で容易に低減可能で,直径13 mmのディスポーザブルメンブレンフィルタの場合,純水2 ~ 5 mLを通液させるだけ数µg/L (ppb) 以下まで低減可能です。尚,事前に純水洗浄してあるイオンクロマトグラフィ用ディスポーザブルメンブレンフィルタが市販されていますが,イオンクロマトグラフィ用であっても事前洗浄が必要です。

図17-5 ディスポーザブルメンブレンフィルタからのイオンの溶出

もう一つは,十分に洗浄したディスポーザブルメンブレンフィルタを用いる場合でも,最初のろ液の約1 mLを捨て,それ以降のろ液を測定用試料溶液として採取するということです。こうすることにより,イオンの溶出による試料汚染を防ぐと同時に,フィルタカートリッジ内に残存した純水による希釈を防ぐことができます。また,メンブレンフィルタへの吸着が考えられる場合でも,平衡化されますので組成変動は生じません。

より正確な測定を目指すには,これらの点についても十分注意するようにしてください。尚,ディスポーザブルメンブレンフィルタを通過したろ液は清浄な容器に受けてください。容器が汚染されていると台無しです。直接,オートサンプラのバイアルに受けるのも良いと思います。

 
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今回はろ過に関わるお話をしましたが,イオンクロマトグラフィでは必須の前処理です。多くの試料は,ろ過と希釈をするだけで良好な結果を得ることができます。しかし,器具や容器からのイオンの溶出と共に,ろ過材からのイオンの溶出にも十分な注意が必要です。お忘れなく!

それでは,また・・・

 

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