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イオンクロマトグラフィにおいて,試料の調製ミスと測定環境からの汚染が原因となるピーク面積値の変動について、ご隠居さんが詳しく解説します。

シーズン4 その拾参(十三)

こんにちはぁ~。皆さんお元気ですかぁ~?

ここのところPCと睨めっこの座り仕事ばかりだったんで,PCを持たずに二三日のんびりとどこかに行こうかと思って,群馬ちゃん家の古墳なんかを調べていたんですが・・・

けど,よくまぁ,次から次へと,仕事が沸いてくるもんですな。”TV会議” ってのがいかんのですな。Zoom,Teams,Webex,Skype・・・いっぱいありますね。確かに便利には便利なんですよ。家にいたまま打ち合わせだ,会議だ,委員会だ,ですもんね。とんでもない時代になっちゃいましたね。便利なのは認めますが,年寄りには結構きついんですよ。第捌話のはじめにも書きましたが,座りっぱなしでPCとの睨めっこだと腰に来ちゃうんですよねぇ。肩は凝るは手も痺れるはで,整形病院に通い始めましてね。リハビリ中です。手の痺れのほうは,今は何とか治まってはいますが・・・

前回の第拾貳話からピーク面積の再現性についてお話しをしています。今回は,試料調製に関わるピーク面積変動の話をしたいと思います。前回は “超純水” の話をしましたが,“超純水” はイオンクロマトグラフィの試料調製において多用する溶媒です。試料調製に用いる容器の洗浄方法,そして超純水の採取方法に関しては前回にお話ししたのですが,もう一度読んでおいてくださいね。

 
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さて今回は,試料調製におけるピーク面積の変動についてお話をしましょう。

先ず,下記の図 (図13-1) を見てください。異なる3人のオペレータが調製した陰イオン混合標準溶液のクロマトグラムです。
一見問題なさそうですが,Mr. Xが調製した陰イオン混合標準溶液の塩化物イオンのピークを見てください。すぐ前に緑色点線でMr. Sが調製した塩化物イオンのピークを示しました。
どうですか?Mr. Xが調製した混合標準溶液の塩化物イオンのほうが,ピーク高さが高くなっていますね。一方,Mr. Tが調製した塩化物イオンのピークは,Mr. Sが調製した塩化物イオンのピークと概ね一致しているように見えます。
このことから,Mr. Xが調製した陰イオン混合標準溶液には何らかの調製ミスがあったものと推察されます。塩化物イオン以外でもMr. Xが調製した混合標準溶液では硝酸イオンも少し高くなっているように見えます。さらに,微妙なところですが,酢酸イオンと推定される小さなピークも検出されています。
このような状況では,信頼できる定量を行うことができなくなってしまいます。

図13-1 異なるオペレータが調製した陰イオン混合標準溶液のクロマトグラム
 
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調製ミスでよくあるのは試料の採取ミスです。
一般に,混合標準溶液の調製には,市販のイオンクロマトグラフィ用混合標準液をマイクロピペットで全量フラスコに採取し,超純水で定容・希釈して調製します。
ということで,マイクロピペットでの採取ミスが真っ先に原因として推定されますね。マイクロピペットに不慣れだと,確実に採取ミスは起きます。例えば,排出時に二段目までしっかり押さなかったためにピペットチップに残ってしまったとか,二段目まで押して採取してしまって過剰に採取しちゃったとか,あるあるですね。
溶媒を内部に吸い込んだためにピストンの汚染・劣化が生じ,計量精度が低下してしまうなんてこともあります。細かなことですが,マイクロピペットを極端に傾かせて (斜めにして) 採取すると誤差が生じますし,粘性が高い溶液の場合にはボタンを一気に離すと正確に採取できないなんてこともあります。
表13-1に,マイクロピペットの採取誤差に関して評価した結果を示します。熟練者 (Miss Y) と初心者 (Mr. T) に,マイクロピペットで純水を採取後,天秤上においたビーカー中に排出してもらい,その質量を計測するという操作を10回繰り返してもらいました。表の通り,初心者のほうが,計量誤差が大きい (0.35%少ない) という結果になりました。

表13-1 熟練者と初心者によるマイクロピペットの採取精度

 
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折角なので,次いでに,全量ピペットと全量フラスコでの計量誤差について話しておきましょう。
これらは目盛りが無く,メニスカスを標線に合わせることで規定量を採取あるいは定容することができる計量器です。
表13-2に,標線から1 cm上で採取・定容したときの誤差を評価した結果を示します。標線から1 cmもズレることなんか実際にはないと思いますが,実験誤差が生じにくいので標線から1 cmズラして評価しました。尚,ガラス計量器の首の部分の管径は製造会社によって異なっていますので,あくまでもこの結果は目安として理解してください。

表13-2左が全量ピペットの評価結果ですが,容量が大きくなるにつれて誤差は小さくなっていきます。
最近はマイクロピペットが普及したため,2 mL以下の全量ピペットが用いられることがほとんど無くなりましたが,容量5 mLの全量ピペットでは1.8%の誤差が発生してしまいます。
一方,全量フラスコは溶離液調製や試料調製に定常的に使われると思います。結果は表の通りで,50 mLの全量フラスコでは1.5%もありますが,1000 mLの全量フラスコでは僅か0.3%しか誤差が生じません。
下表には示しませんでしたが,10 mL及び20 mLの全量フラスコでは,同様の方法で評価すると,それぞれ3.5~5.0%及び2.5~3.5%の誤差が発生します。全量フラスコの標線合わせには結構神経を使うと思いますが,この結果からみると1 mmくらいズレても大きな誤差ではないということが判ると思います。しかし,最終的な実験誤差は複数の誤差の組み合わせですので,基本通り標線に正確に合わせて採取・定容するようにしてくださいね。

 
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さて,話を図13-1の異なるオペレータが調製した陰イオン混合標準溶液のクロマトグラムに戻しましょう。
ここで示したクロマトグラムの混合標準溶液は,既に調製済みの陰イオン混合標準原液を全量フラスコに一定量採取し,そこに100 mg/Lの自作シュウ酸溶液を規定量添加し,超純水で定量して作製したそうです。
Mr. Xが調製した混合標準溶液中の塩化物イオンが,Mr. Sが調製した塩化物イオンよりもピーク面積が大きいという結果でしたので,他のイオンも同様に大きな値,恐らく同じ比率で大きな値になっていると思われます。
ということで,Mr. Tが調製した陰イオン混合標準溶液を検量線用標準液として,3つのクロマトグラムのピークを定量した結果,及びMr. SとMr. Tの調製試料の平均値とMr. Xが調製した試料との誤差を表13-3に示します。

塩化物イオン及び硝酸イオンの誤差は約10%で,他のイオンよりも大きくなっています。リン酸イオンと硫酸イオンはそれぞれ4.8%及び3.5%で,その他は約2%と一定の誤差となっていません。
この混合標準溶液は混合標準原液から採取して希釈調製したものですので,環境汚染が起きる恐れが少ないとされる臭化物イオンで判断すると,採取ミスあるいは希釈ミスは約2%程度と判断されます。従って,塩化物イオン及び硝酸イオンの誤差は汚染によるものと判断されます。

前回も話しましたが,もう一度第壱話のイオンクロマトグラフィ固有の問題を考えてみてください。測定対象は身近に存在する無機イオンと有機酸ですね。そして,これらの中には揮発性の高い化合物があり,それらは空気中にガスとして存在している可能性があります。
環境からの汚染に関しては第貳話に示しましたが,下記の図13-2に主な試薬の蒸気圧と共に再度示します。この結果から,塩化物イオンや硝酸イオンは,塩酸や硝酸の使用が原因となる測定環境の汚染,または計量器あるいは試料容器の汚染であると推定されます。酢酸イオンも同様の原因であると判断できそうです。

図13-2 揮発性試薬による試料汚染

 

その他のイオンは採取あるいは定容誤差であると考えられます。リン酸イオンや硫酸イオンの誤差が大きいのが気になりますが,これらのイオンは気化しませんので塩化物イオンや硝酸イオンのような汚染ではありません。
ただ,硫酸イオンに関してはSOxが水に溶ければ硫酸イオンになりますので,環境汚染が原因となることがあります。リン酸イオンの誤差に関しては解明が難しそうです。

 
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揮発性試薬を使用していなくても環境からの汚染が生じることは第貳話に示しましたが,下記の図13-3に再度示しておきます。
この環境からの汚染は室内空気の汚れが原因なのですが,”超純水” 中にはイオンや有機物がまったくといえるくらい存在していないため,容易に汚染が生じてしまうということが大きな要因なんです。
下記のクロマトグラムにおける塩化物イオンの汚染度合いは一桁μg/Lですので大したことはないように思われますが,数十μg/Lの定量の場合には10%程度の誤差を生んでしまうんです。当然,汚染度合いは変化しますので,定量値も変動してしまうことになります。

図13-3 実験室内空気の汚染評価ポイントと汚染度合い
 
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今回は,試料の調製ミスと測定環境からの汚染が原因となるピーク面積値の変動に関してお話をしました。どんな測定においてもミスは付物 (憑き物) ですので,年に1回や2回は調製の繰り返し再現性評価や他のオペレータとの比較評価等をやってくださいね。また,超純水の管理や室内環境の評価も忘れずに行ってくださいね。

次回は,試料容器が原因となるピーク面積の変動についてお話ししようかと思っています。

それでは,また・・・

 

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