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クロマトグラムのピーク形状が変形したり,ピーク幅が拡がったりした時には,「分離カラムの劣化が原因」と一言で片づけちゃうかもしれませんが,実際には種々の原因があります。その辺をご隠居さんがわかりやすく解説します。

シーズン4 その拾(十)

 

 

皆さん,こんにちはぁ~。お変わりないですか?

昨日は久々にお出かけしました。神田・日本橋のアンテナショップ巡りです。最近は,ふくしま館が気に入っています。クリームチーズの味噌漬けとか凍み豆腐を買ってきましたよ。お菓子のほうは,「薄皮饅頭」ではなく,「ままどーる」です。酒は「末廣」の純米でも買おうかと思ったんですが,家に「春鹿」超辛口があるんで止めときました。クリームチーズの味噌漬けで一杯。満足な一日でしたよ。なんだかんだで一万歩以上歩いたんで運動にもなりました。

さて,今回は第拾話ですね。今回と次回の2回でピーク形状の変形やピーク幅の増大についての話をさせてもらいましょう。

 
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ピーク形状が変形したり,ピーク幅が拡がったりした時には,「分離カラムの劣化が原因」と一言で片づけちゃうかもしれませんが,実際には種々の原因があります。分離カラムの劣化に関しては次回に回すとして,このような現象が出たらすぐに確認してもらいたいことの話から始めさせてもらいます。

また,チョットだけ本シリーズの第壱話の話をします。

イオンクロマトグラフィーの測定対象は無機イオンです。無機イオンは我々の周りに存在していて,ガラスや金属に吸着しますので容器や器具を汚染させてしまいます。無機イオンの分離にはイオン交換モードが使用されます。イオン交換モードでは,塩水溶液や酸/アルカリ溶液を溶離液にしますので,接液部が金属ですと錆が発生してしまいます。ということで,イオンクロマトグラフの接液部には,耐酸/耐アルカリ性が高く,不活性な樹脂が使われます。高圧部の部品や配管には,ポリエーテルエーテルケトン (PEEK) が主に用いられています。低圧部の部品や配管には,ポリテトラフルオロエチレン (PTFE) や四フッ化エチレンとパーフルオロアルコキシエチレンとの共重合体 (PFA) 等のフッ素樹脂が用いられています。

継ぎ手の材質も樹脂製で,スパナを用いずに接続できる手締め式のものが用いられます。手締め式は大変便利なのですが,時々配管が動いてしまい,図10-1左のように先端が十分に飛び出ていない状態で分離カラムを繋いでしまうなんてことがあります。このような状態で接続をしてしまうと,継ぎ手のところに隙間 (デッドボリューム) が生じてしまいます (図10-1右)。

イオンクロマトグラフの配管は主に1/16 inch (約1.59 mm) で,試料溶液が通る配管には主に内径0.25 mmが用いられています。接続部にデッドボリュームが存在すると,内径0.25 mmの狭い配管内を通ってきた試料溶液がデッドボリュームの直径約1.59 mmの空間に放出されると試料溶液は拡散してしまいます。また,デッドボリューム内で渦を巻いて,デッドボリュームから速やかに出ることができなくなってしまいます。結果は容易に想定できますよね。

図10-1 分離カラム接続部でのデッドボリュームの発生

図10-2に,接続配管の出っ張りを短くして分離カラム先端にデッドボリュームを作って測定した時のクロマトグラムを示します。図の赤が隙間 (デッドボリューム) のある状態で,塩化物イオンと硫酸イオンのピークの脇に隙間なしのときのピーク (★印) を並べて示します。明らかにピーク高さが低くなっているのが判ると思います。右側に理論段数Nとピーク対象性fasを示しましたが,塩化物イオンでは20%以上も理論段数が低下しています。また,ピーク対象性も悪化しています。ということで,分離カラムを接続するときには必ず配管の出具合を確認してくださいね。尚,溶出の遅いピークほどデッドボリュームの影響が小さいので,うっかりすると見落としてしまうかもしれません。時々標準液を測定してピーク形状を確認してください。

図10-2 デッドボリュームの発生による分離性能の低下
 
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前回の第玖話で試料pHが溶出時間変動を引き起こすと話しましたが,溶離液pHから極端に離れたpHの試料を注入するとピーク形状が変形してしまいます。図10-3左に,陰イオン分析における試料pHの影響を示します。試料のpHが12までは溶出時間が短くなっているだけですが,pH 13ではベースライン変動と共にピークが変化し,リン酸イオンと硫酸イオンのピークが判別できなくなっています。図10-3右は,若干古いデータですが,陽イオン分析のデータです。陰イオン分析の場合は溶離液pHよりも高いpHの試料を注入すると溶出時間変動及びピーク形状の変形が生じますが,陽イオン分析ではその逆で,溶離液pHよりも低いpHの試料を注入すると溶出時間変動及びピーク形状の変形が生じます。

図10-3 試料pHによるピークの変形 (左:陰イオン分析,右:陽イオン分析)

この溶出時間変動及びピーク形状の変形は,陰陽イオン分析いずれの場合も,試料マトリックス (アルカリ性成分及び酸性成分) が影響しています。純水で試料調製すれば,溶液の主成分である純水には溶離力がありませんので,試料成分は分離カラム先端に捕捉されて留まっており,溶離液が流れてくるまで動き出すことはありません。しかし,試料中にイオン性成分が高濃度で存在していると,溶離液が来るまで分離カラム先端に留まっていることができずに一部が動いてしまい,溶出時間変動及びピーク形状の変形が生じてしまいます。尚,試料pHが適正であっても,塩濃度が高い場合には同様の現象が発生しますので,pH調整と共に希釈によって適正濃度に調整する必要があります。

試料溶液の中和・pH調整には,①酸・アルカリを添加,②純水/溶離液で希釈,等の方法が用いられますが,①添加した酸・アルカリが新たな妨害となる,②調整範囲が狭すぎる,という問題が残ります。そこで,固相抽出法 (SPE) を用いてpH調整を行います。第玖話にMetrohmで販売しているICサンプル前処理カートリッジを示しましたが,もう一度下記に示します。

表10-1 Metrohm ICサンプル前処理カートリッジ (固相抽出カートリッジ)

酸性試料の中和にはOH型陰イオン交換樹脂を充填した固相抽出カートリッジ (IC-OH),アルカリ性 (塩基性) 試料の中和にはH+型陽イオン交換樹脂を充填した固相抽出カートリッジ (IC-H) を用います。それぞれの中和反応を下記に示します。尚,固相抽出カートリッジからはSub-mg/Lレベルの塩化物イオンや硫酸イオンが溶出してきますので,事前に純水10~20 mLで洗浄した後に試料溶液を負荷してください。また,固相抽出カートリッジを通過した初出液の2 mL位は廃棄して,それ以降の溶出液を測定溶液としてください。試料汚染の解消と,試料成分の組成変動を抑えるためですので励行してください。固相抽出法に関しては,シーズン-II第漆話・第捌話も参照してください。

酸性試料の中和                       HCl +├NR4OH      ⇒  H2O +├NR4Cl

塩基性試料の中和   NaOH +├SO3H        ⇒  H2O +├SO3Na

 
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試料濃度も,ピーク形状に影響を与えます。図10-4は,第玖話の図9-1でお見せした陽イオン分析における試料濃度の影響です。一般に,試料濃度が高くなると溶出時間が早くなり,ピークはテーリングしてしまいます。さらに濃度が高くなるとピークの変形や割れが発生します。この理屈は試料pHの場合と同じで,試料溶液中の高濃度成分が溶離剤となって,分離カラム先端に捉まった成分の一部を押し出してしまうためです。その結果,溶出時間変動やピーク形状の変形が生じてしまうというわけです。試料濃度の影響は分離カラムのイオン交換容量や溶離条件に依存しますので適正な濃度まで希釈をした後に測定するようにしてください。但し,高濃度成分と低濃度成分を同時定量しなければならない場合には,希釈によって低濃度成分が定量下限値以下になってしまうこともありますので,イオン交換容量の大きい分離カラムを選択してください。尚,標準試料も試料成分の濃度バランスに合わせて調製するようにしてください。

希釈できない試料の場合には,試料ループを交換して試料注入量を減らしてください。但し,試料ループの最小量は5 µLです。尚,図10-4右に示す,内部ループ型インジェクタを用いると1 µLの試料注入も可能になります。

図10-4 高濃度試料によるテーリングの発生
 

少し別の視点から,試料濃度の影響を見てみましょう。試料濃度が高くなるとピークはテーリングし,さらに濃度が高くなるとピークの変形や割れが発生するのですが,どの程度まで注入できるのかを考えましょう。

カラム充填剤のイオン交換容量が十分に高ければ,試料濃度の影響はなくなるだろうということは容易に想像することができると思います。けど,イオン交換容量が異常に高いイオン交換樹脂を用いてしまうと,イオンクロマトグラフィーは成立しなくなってしまいます。電気伝導度検出器で高感度検出をするためには,低濃度の塩水溶液 (溶離液) を用いなければなりません。つまり,低濃度溶離液を用いるためにはカラム充填剤に用いるイオン交換樹脂のイオン交換容量を下げなければならないのです。イオン交換樹脂のイオン交換容量をどこまで高くできるのかはサプレッサや検出器の能力に依存しますが,イオン分析に用いる陰イオン交換樹脂としては0.1 meq/mL位が限界じゃないかと思います。

上述の通り,分離カラムに注入できる試料濃度 (試料負荷量) には限界があるんです。どのくらいの濃度まで分離カラムに注入できるかは,測定条件やイオンの種類に依存しますので実験的に求めておくのが良いと思います。

試料負荷量を求めるには,カラム性能 (理論段数N あるいは,ピーク幅W) の変化を調べます。図10-5は,試料濃度と理論段数Nとピーク幅Wとの関係を示したものです。試料濃度が高くなると,ある所から急に性能が低下するのが判ると思います。一般に,元の状態から10%変化した点を限界点としています。図10-5右から,塩化物イオン,硝酸イオン及び硫酸イオンの限界点は,それぞれ62.6 mg/L,51.5 mg/L及び57.2 mg/Lとなります。ここで使用している分離カラムのイオン交換容量は約45 µmol-Clで,試料注入量は50 µL注入です。塩化物イオンで見ると,10%変化の限界点は分離カラムのイオン交換容量の約0.2%になります。

負荷限界はイオン交換容量から見るとかなり低い値のようですが,図10-5の測定条件では試料注入量を20 µLとして考えると,約100 mg/L (ppm) の陰イオンを注入してもカラム性能が劣化しないということになります。ここで示した値は単独成分としての値なので,実測定では共存イオンの影響も考えなければなりません。しかし,一般的な水試料を測定するには十分な負荷量であるといえると思います。

図10-5 試料濃度と理論段数Nとピーク幅Wとの関係

分離カラムのイオン交換容量は内径や長さに依存しますので,試料負荷量も分離カラムの内径や長さに依存することになります。

図10-6に,標準カラム (内径4 mm) とマイクロボアカラム (内径2 mm) との比較を示します。マイクロボアカラムは,高感度化手法の一つとして用いられます。マイクロボアカラムは内径が小さいため直径方向への試料拡散が小さくなります。その結果として,同一注入量であれば,ピーク高さが高くなります。ピーク高さの増加比は断面積比に従います。図10-6では,ピーク高さ比は4.03倍ですので理論通りの値になっています。

図10-6 標準カラムとマイクロボアカラムとの比較

 

マイクロボアカラムは低濃度成分の測定に有効なんですが,カラム内径に比例して試料負荷量も低下してしまいますので,試料濃度の影響は標準カラムよりも大きくなります。図10-7に,高濃度試料によるピーク形状への影響を示します。試料濃度の影響は,マイクロボアカラムのほうが大きいということがお判りいただけると思います。マイクロボアカラムは高感度検出に有効な手段ではありますが,試料負荷量の影響が大きいので,このような現象が観察されたら,試料注入量を下げるとか,試料を希釈するとかの対応をしてください。

図10-7 高濃度試料によるピーク形状への影響
 
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今回の第拾話の最後に,濃縮カラム法におけるピークの変形についてお話しておきます。

濃縮カラム法は,微量無機イオンのインライン濃縮に用いられる方法で,超純水中の極微量無機イオンの試験方法に採用されています。濃縮カラム法では,イオン交換樹脂が充填された濃縮カラムに超純水等の測定試料を通液して,測定試料中の無機イオンを捕捉・濃縮させます。超純水中イオン濃度は数十ng/L (ppt) レベルですので,通常の1000倍位 (20~50 mL) の超純水を濃縮カラムに送液します。濃縮カラムに捕捉された無機イオンは,溶離液で溶離させて分離カラムに導入して無機イオンを分離後,検出・定量を行います。

通常,濃縮カラムに濃縮されたイオンの溶出は,濃縮時に通液した方向とは逆方向 (counter current) に溶離液を流します。濃縮方向と同じ順方向 (Forward direction) に溶離液を流すとピーク割れが発生してしまうことがあります (図10-8)。純水は濃縮カラムに捕捉されたイオンを溶離させる力はないので,純水中のイオンは濃縮カラムの入り口先端に捕捉・濃縮されます。しかし,試料量が過剰に大きく試料濃度が比較的高い場合には,純水中のイオン性成分そのものが溶離液と同じ働きを示して,濃縮カラム先端に捕捉されたイオンの一部を押し出そうとしてしまいます。図10-3のpHの影響で話した現象が濃縮カラム内で発生しているんです。

このような状態で,試料の濃縮方向と同じ方向から溶離液を流してしまうと,ピーク割れや拡散が生じた成分が分離カラムに入ってきますので,ピーク割れが発生してしまうというわけです。しかし,濃縮カラム内でピーク割れや拡散が発生しても,濃縮方向と逆方向から溶離液を流せば正常なピークとして検出することができます。理屈は簡単です。分離の逆現象が起こっているからです。濃縮カラム内には純水が詰まっていますので,溶離液が到達するまでは濃縮カラム先端に捕捉されていた成分は動かないで止まっていてくれています。そして,溶離液が到達したときに一斉に脱離して,幅の狭い状態で分離カラムに注入されるんです。ということで,濃縮カラム法を用いる場合には,濃縮方向と逆方向から溶離液を流して分析を行うようにしてください。

図10-8 濃縮カラムの溶離方向によるピークの変形
 
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今回は,ピークの変形やピーク幅の拡大に関する話でした。最初にも書きましたが,大きなピーク変形が生じた場合には分離カラムの劣化が主原因なのですが,今回書きましたように,デッドボリューム,試料pH,試料濃度でもピークの変形は発生します。従って,測定前に試料の状態を確認するようにしてください。次回も,ピークの変形の原因と対策についてお話しします。

それでは,また・・・

 

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