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シーズン4では、イオンクロマトグラフのトラブルの発生原因について解説しています。第一話は、イオンクロマトグラフィ固有の特異的な問題、測定対象が無機イオン・有機酸、分離機構がイオン交換モード、検出手法が電気伝導度検出機、であることからくるトラブルについて、ご隠居さんがわかりやすく解説しています。

シーズン4 その壱(一)

 

皆さぁ~ん。大変ご無沙汰をしております。

『ご隠居達のIC四方山話』も3シーズンを終えてホッとしていたんですが,継続しろとのお上からの強いお達しがありまして,今回から,シーズン-IVを開始することとなりました。

シーズン-Iではイオンクロマトグラフィの「概論」,シーズン-IIでは「前処理」を主題としました。また,シーズン-IIIでは,少々小難しい話になってしまいましたが,「分離」を主題としました。

クロマトグラフィによる分析は,「前処理」,「分離」,「検出」の三要素で成り立っていますんで,順序通りにいくと次は「検出」になるんですが…

実際の測定においては「検出」も重要なテーマなんですけど,原理や特性等,またまた小難しい話になりそうです。2シリーズ続けてだと読者の皆さんも結構疲れそうですし,書いている当方も裏付けの確認なんかで大変ですんで,別の機会にということにさせてもらいました。

いろいろと考えた結果,「トラブルシューティング」を今回の主題とさせていただきました。トラブルが発生した時の対処・対策と共に,トラブルを発生させないための日常的な危機管理,さらには機器の状態評価についてお話をさせていただこうと思います。トラブルを発生させることなく,イオンクロマトグラフを上手く使い熟していただきたいとの思いで設定しました。

「トラブルシューティング」に関しては,メトロームさんのホームページ (下記参照) にも記載されていますし,シリーズ-1 (ホームページ,小冊子) にも少し書いておりますが,今回はもう少し突っ込んだ話をしようと思っております。若かりし頃に体験したトラブル,メトロームさんで発生したトラブルを中心に,話を進めさせていただきますので,日常の測定時の参考としていただければ幸いです。

❑ イオンクロマトグラフ:よくある質問

https://www.metrohm.com/ja-jp/support-and-service/ic-faq/

❑ イオンクロマトグラフィのよくある質問 50問 日本版

https://www.metrohm.com/ja_jp/applications/Ion-chromatography-FAQ-JP.html

❑ ご隠居達のIC四方山話 (よもやまばなし)」

https://www.metrohm.com/ja_jp/applications/ic_yomoyama_mokuji.html

 

 
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トラブルの発生原因としては,大きく分けて,装置・機器そのものとオペレータによるものが挙げられます。クロマトグラフィを用いる分離分析における総分析時間に対する各工程の所要時間とトラブル原因の比率を下記の図1-1に示します。図1-1左の通り,前処理工程が最も長く,測定時間はほんの僅かです。イオンクロマトグラフィに限ると,前処理時間は半分以下になると思われますが,前処理とデータ処理・解析に多くの時間を要しています。トラブル原因のほうでも前処理が一番で,次いでオペレータ,分離に関わるもの (カラム+分離 = 18%)の順になっています。一方,装置に関わるものは比較的低い値なのですが,青系の色で示した3項目を合わせると23%にもなりますので,装置及びその操作も原因となっていることが判ります。

 

図1-1 総分析時間における各工程の所要時間とトラブル原因の比率

 

イオンクロマトグラフィの原理や基本操作,そして測定条件の設定等は他の分離分析手法に比べて簡単ですので,誰でも比較的短時間に習得可能です。しかし,他の分離分析手法とは大きく異なる “イオンクロマトグラフィ固有の特異的な問題” がいくつかあり,これらがトラブルの原因となっていると思います。逆に言えば,この “イオンクロマトグラフィ固有の特異的な問題” を熟知した上で操作をすれば,機器・装置に基づくトラブル以外の人為的なトラブルを大幅に低減することが可能となると思います。ということで,第壱話は,この “イオンクロマトグラフィ固有の特異的な問題” から話を進めていきたいと思います。

 

 
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他の分離分析手法とは大きく異なる “イオンクロマトグラフィ固有の特異的な問題” って何でしょうか?大きく分けると下記に示す3つです。

① イオンクロマトグラフィの測定対象は無機イオン・有機酸    測定対象

② 測定対象イオンの分離はイオン交換モード                                    分離機構

③ 分離されたイオンの検出は電気伝導度検出                     検出手法

仰々しい言い方をした割には当たり前のことじゃないか,と思われた方が多いかと思います。でも,これが “イオンクロマトグラフィ固有” なのです。これらの当たり前のことを正しく理解して適切な対応をすれば,イオンクロマトグラフを上手く使いこなすことが可能となります。

それでは,これら3項目を1項目ずつ見直ししてみましょう。

表1-1 主な試薬の蒸気圧

試薬

蒸気圧

温度

試薬

蒸気圧

温度

塩酸

20 hPa

20 °C

アンモニア水

761 hPa

23 °C

硝酸

11.86 hPa

25 °C

メチルアミン (40%)

400 hPa

20 °C

硫酸

0.2 Pa

35 °C

メタノール

128 hPa

20 °C

ギ酸

43 hPa

20 °C

エタノール

59 hPa

20 °C

酢酸

20.93 hPa

25 °C

アセトン

233 hPa

20 °C

ここまでの話で,もうお解りですね。試料溶液 (水溶液) を実験室内に開封放置しておくと,空気中の物質によって試料汚染が生じてしまうんです。

室内環境からの汚染の可能性を調べたデータを図1-2に示します。純水を満たしたビーカーを実験室内に一晩放置し,ビーカー内の純水を翌日測定した時のデータです。実験室入口の塩化物イオン及び硝酸イオンはそれぞれ8.0 µg/L及び11.8 µg/Lでしたが,実験室奥ではそれぞれ1.9 µg/L及び1.8 µg/Lと低い値でした。尚,前のほうに検出されている2つの不分離ピークは酢酸イオンとギ酸イオンです。一方,陽イオンではアンモニウムイオンが検出されましたが,これは前日にアンモニア水を使用したため室内に残存していたものと考えられます。実験室入口のアンモニウムイオンは0.123 mg/Lで,実験室奥でも0.122 mg/Lと同一の値でした。ナトリウムイオンも検出されていますが,入口の方が高濃度 (3.8 µg/L) で実験室奥では1.2 µg/Lと低くなっていました。また,実験室入口ではカリウムイオンも検出されました。

図1-2 実験室内空気からの汚染度合い評価

イオンクロマトグラフィは水試料の測定に多用されています。例えば,水道水や環境水中には塩化物イオン,硝酸イオン,硫酸イオン,ナトリウムイオン及びカルシウムイオンが存在しています。これらの濃度は10~100 mg/Lです。ところが,汚染指標等としてモニタリングが必要な亜硝酸イオンやアンモニウムイオン濃度は数十µg/L以下です。濃度差は1,000~10,000倍もありますので,近接する高濃度ピークとの分離が良好でないと正確な定量ができません。しかし,濃度差が1,000倍以上となると良好な分離を得るにはかなり苦労します。前処理によって除去すればよいのではと思われるかもしれませんが,無機陰イオンやアルカリ金属イオンを選択的に除去あるいは抽出するような手法はないんです。分離カラムの能力に頼るしかありません。

さらに,フッ化物イオンと塩化物イオンの間には,亜塩素酸イオンや臭素酸イオン,酢酸イオンやギ酸イオン等の保持の弱いイオンが溶出します。これらのイオンを複数かつ大きな濃度差を持って含んでいる試料の場合には,良好な分離を得るのは困難となります。また,二塩基酸同士の分離も困難な場合があり,これも分離カラムの能力に依存しています。

このように,測定対象が無機イオンや有機酸イオンであるということ自体がイオンクロマトグラフィにおけるトラブル要因なんです。

 

 
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上記に,”分離カラムの能力に依存する” と書きましたが,分離においてもいくつか問題があります。イオンクロマトグラフィでは,イオン交換相互作用 (静電相互作用) を利用してイオンを分離します。分離剤にはイオン交換樹脂を,溶離液には電解質溶液を用います。イオン間の相互分離は,測定対象イオンのイオン交換樹脂への親和性の差,主に測定対象イオンの荷電密度や水和性等に基づきます。これらの特性はイオン固有の性質ですので,溶液の物性が極端に変化しない限りは変化しません。つまり,溶離条件を少しくらい変化させても,イオンの溶出順を大きく変化させることはできないんです。そこで,分離カラム側にイオン交換相互作用以外の第二の相互作用を付与して分離の選択性を改善しています。測定対象成分が期待通りに分離できるかどうかは,分離カラムの特性に依存しているんです。

ここでは細かな説明は省きますが,ポリビニルアルコールゲル基材のMetrosep A Supp 7とポリスチレンゲル基材のMetrosep A Supp 16における標準陰イオンのクロマトグラムの違いを図1-3に示します。分離パターンの違いがお判りいただけると思います。

図1-3 Metrosep A Supp 7とMetrosep A Supp 16の分離パターン比較

 

後述しますが,一般に,イオンの検出には電気伝導度検出法が用いられます。高電気伝導度の溶液中での微量の電気伝導度変化を正確に検出するのは困難ですんで,溶離液の電気伝導度,つまり電解質溶液濃度は可能な限り低く抑えなければなりません。そこで,分離剤であるイオン交換樹脂のイオン交換容量を低く抑えて,溶離剤濃度を低くしています。一般に,イオン交換容量は純水製造等に用いられるイオン交換樹脂の1/10~1/100です。低イオン交換容量のイオン交換樹脂の利用はイオンクロマトグラフィにおける分離と検出を達成するための必須条件なのですが,溶離液の微小変化で溶出時間が変動してしまうという問題を孕んでいます。

本シリーズ-IVでもいずれお見せするつもりですが,溶離液の問題に関わるデータをお見せしましょう。図1-4左は,溶離液濃度を1%変化させて調製した時の溶出時間への影響を見たものです。1%強の変動が生じてしまうことが判ると思います。図1-4右は,調製した溶離液を長時間使用し続けた時の溶出時間変化を見たものです。空気中の炭酸ガスを吸収して溶離力が低下してしまい,60時間後には30%近くも溶出時間が増加してしまいます。このように,溶離液の調製や取扱・管理をきちんとしなければ,再現性の良い結果が得られないということになってしまいますので十分な注意が必要なんです。

 

図1-4 溶離液の調製誤差の影響と安定性
 
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最後に,イオンの検出についてです。イオンクロマトグラフィでは電気伝導度検出器が最も広く使用されています。イオンの導電性に基づいて検出しますので好適な検出器であるといえるんですが,上に書きましたように,高電気伝導度の溶液中での微量の電気伝導度変化を正確に検出するのは困難です。そこで登場するのがサプレッサです。サプレッサの原理については省略しますが,図1-5に示したように,バックグランド電気伝導度が低減され,ピークが増感します。ノイズレベルも小さくなりますので,結果として50倍以上の高感度化が達成できます。

図1-5 サプレッサの効果: ノンサプレスト vs. サプレスト
 
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電気伝導度検出器はイオンの汎用検出器として非常に有用です。しかし,選択性・特異性はありませんので,上述しましたような,高濃度ピークに近接して溶出する微量成分を選択的に検出するなんて芸当はできません。また,電気伝導度は温度依存性が高いため,温度変化によりピーク高さ (ピーク面積) やベースラインノイズが変化してしまうといった問題もあります。

 

 
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第壱話から長くなってしまいましたが,イオンクロマトグラフを上手く使い熟し,トラブルを低減するには,イオンクロマトグラフィの原理・特性を十分に理解しておく必要がありますので長々と書かせていただきました。次回以降は具体的なトラブル対策や危機の管理・評価について話をさせていただきますが,今回の話はたびたび出てきますので頭に入れておいてください。

それでは,また・・・

 

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