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イオンクロマトグラフィの陽イオン分析では,水質分析における一価および二価イオンの同時測定が可能です。極度に汚染された水の場合を除き一般的な水試料中のアンモニウムイオン濃度は数十µg/L (ppb) 以下ですので,ナトリウムイオンとの大きな濃度差のために精度良く定量できないことがあります。このような場合、溶離液へのジピコリン酸の添加が有効です。

シーズン3 その玖(九)

「お邪魔しますよ~!」

「ご隠居さん!あれっ!結構なお荷物ですね。」

「あぁ。今日もちょいとお散歩でね。神田で降りて,オムライス食って。」

「ご隠居さんもオムライスなんて食べるんですね?」

「何言ってんだい。オムライスは,メンチカツと並んで下町洋食の定番ですよ!オムライスの後は,日本橋福島館,三重テラス,にほんばし島根館,奈良まほろば館,そんでもって最後に日本橋とやま館ですな。5県も行っちゃいましたよ。」

「結構あるんですね!」

「福島館でな。定番の “ままどおる” と,クリームチーズの味噌漬けを買ってね。三重県は,お目当ての “作” がなかったんで,覗いただけで,島根館へ行ってね。」

「クリームチーズの味噌漬けですかぁ~。おいしそうですね。」

「一個余分に買ってきたんで,後で皆で突いてごらん。島根館じゃ,”めのは” と岩海苔 と,“野焼” を買ってね。その後に…・」

「あの~。”めのは” って何ですか?」

「随分,話が途切れるね。”めのは” ってのは焙り若芽,板若芽だな。うどんに入れたり,ご飯に混ぜたら,磯の香りが何とも云えないねぇ。酒のつまみにもいいね。島根県の後は,奈良県に行って,“作” の代わりに “春鹿” を買って,ついでに柿の葉寿司もですよ。最後は,富山館で大門素麺を一つ買ってきましたよ。」

「5県ですかぁ~。それにしても,いろいろと買いましたねぇ。」

「珍しいものをつまみにちびちびやるのが楽しいんですよ。東京はいいでしょ?ちょいと歩きゃ,地方の珍しいモノが簡単に手に入っちゃうんですよ!決して高いのを買うわけじゃないんだけど,こういうのって贅沢って云うんですよね。」

「そうですね。地元でしか食べられないものが手に入るってのはいいですよね!」

「そうでしょ,そうでしょ。歳とると旅行に出ってのも億劫になっちゃうんで…。おっと,余計な話が長くなっちゃいましたね。さっさと,始めましょうや!」

 
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本題に入る前に,第㯃話でお見せした陽イオンのクロマトグラムをもう一度お見せします。図9-1のa) 及びb) はスルホン酸型陽イオン交換樹脂による分離例で,c) はカルボン酸型陽イオン交換樹脂による分離例です。カルボン酸型陽イオン交換樹脂では一価と二価の同時分析が可能で,スルホン酸型陽イオン交換樹脂のように溶離液を交換して個別分離をする必要はありません。しかし,2つの分離カラムで,一価イオンのNa+ – NH4+ – K+ の選択性が微妙に異なっています。一般に,陽イオン分析では,高濃度ナトリウムイオン中の微量アンモニウムイオンの定量というニーズがありますが,図9-1の結果からはスルホン酸型陽イオン交換樹脂を用いるのが有効という結果になります。
もう一点,カルボン酸型陽イオン交換樹脂では一価二価の同時分析が可能ですが,K+ – Mg2+ の間がかなり空いています。この間にはアミン類が溶出するのですが,一般的な水試料中に存在することはほとんどありません。つまり,K+ – Mg2+ の間は無駄時間となってしまうことが多いのです。一価イオンの分離を変えずに,二価イオンの溶出を早めることができるといいのですが,前回 (第捌話) でお話しした通り,二価イオンを早く出すことはできますが,一価イオンの分離が悪くなってしまいます。これらの陽イオンはイオン交換則に則って分離されますので,溶離液濃度の変更等で選択性を変えることができません。

図9-1 陽イオン交換樹脂における陽イオンの分離例 (図7-2と同じ)

 

上記問題の解決策として,イオン交換以外の相互作用を付与して選択性を変えるという手段がとられます。具体的には,溶離液にジピコリン酸 “DPA” (2,6-ピリジンジカルボン酸, PDCA) を添加して選択性を改善します。
ジピコリン酸は,多くの多価金属と錯体を作ります。キレート剤の一種です。ジピコリン酸は二塩基酸ですので,二価金属イオンと錯体を形成すると金属イオンの正荷電は打ち消されてしまいます。その結果,金属イオンは陽イオン交換樹脂とイオン交換相互作用をすることができなくなってしまいます。実際には,安定な錯体ではありませんので,イオン交換相互作用と錯形成反応との競争です。ジピコリン酸はアルカリ土類金属イオンとも錯体を作りますが,マグネシウムイオンよりはカルシウムイオンとの錯体のほうが安定ですので,その添加効果はカルシウムイオンのほうが明確に現れます。

 

図9-2 ジピコリン酸と二価金属との相互作用

 

カルボン酸型陽イオン交換樹脂 (Metrosep C 6) を用いて溶離液 (3 mM HNO3) にジピコリン酸を添加した時のクロマトグラムを図9-3に示します。ジピコリン酸の添加により二価金属イオンの溶出が早まり,かつカルシウムイオンがマグネシウムイオンを追い越して早く溶出しています。ただ,図9-3左では全体的な溶出時間が早くなって K+ – Mg2+ の無駄時間が解消されますが,Na+ – NH4+ の分離は溶出が早くなったせいか若干悪くなっています。そこで,カリウムイオンの溶出時間を概ね同じくらいにしたときのクロマトグラムが図9-3右です。K+ – Mg2+ の無駄時間が解消され,Na+ – NH4+ の分離も若干改善されています。

 

図9-3 ジピコリン酸を添加した溶離液での陽イオンのクロマトグラム (Metrosep C 6)

 

ジピコリン酸濃度を変化させたときのクロマトグラム及び添加濃度と溶出時間との関係を図9-4に示します。この分離カラム (Metrosep C 4) の場合には,0.35 mM DPA付近でマグネシウムイオンとカルシウムイオンとの入れ替わりが起きることが判ります。

 

図9-4 溶離液へのジピコリン酸添加濃度と溶出時間との関係 (Metrosep C 4)

 

ということで,前回お話しした硝酸濃度と,今回の主題であるジピコリン酸濃度とを調節することで選択性を調節することができます。図9-5に,溶出パターンを変化させたクロマトグラムを示します。試料濃度差の影響で,思ったような結果が得られない時にでも試してみてくださいね。

 

図9-5 硝酸濃度とジピコリン酸濃度の調節による陽イオン分離の改善 (Metrosep C 6)
 
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イオンクロマトグラフィにおける陽イオン分析の特長は,一般的に水試料中に含まれる一価二価イオンの同時測定が可能であるという点にあります。マグネシウムイオンとカルシウムイオンを測定することにより硬度の測定が可能ですし,アンモニウムイオンは汚染度合いの指標となるイオンですので,水質分析には不可欠な分析手法です。しかし,極度に汚染された水の場合を除き,一般的な水試料中のアンモニウムイオン濃度は数十µg/L (ppb) 以下ですので,ナトリウムイオンとの大きな濃度差のために精度良く定量できないということがあります。このような場合に,今回の溶離液へのジピコリン酸の添加が有効となります。
図9-6に,ナトリウムイオン10 mg/Lを含む試料中の20 µg/Lのアンモニウムイオンの分離例を示します。ここでの濃度差は500:1ですが,分離度合いから見て2000:1位までの定量が可能です。

 

図9-6 高濃度ナトリウムイオン中の微量アンモニウムイオンの分離
 
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今回は,溶離液へのジピコリン酸の添加による陽イオンの選択性の改善について紹介しました。この方法は多くの水試料中の陽イオン分析に応用可能ですので,是非お試しください。次回は,さらなる選択性の改善手法について紹介する予定です。

 
では,次回もお楽しみに…。

 

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