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カラム温度の調整は、イオンクロマトグラフィだけでなく、液クロやガスクロなどの他のクロマトグラフィでも、分離を改善するために有効です。

シーズン3 その伍(五)

「ごめんくださいよ~」


「ご隠居さん。いらっしゃい!今日はちゃんとお待ちしておりましたよ!」


「”今日は” ですかぁ?まぁ,前回は急に変えてもらったからね。お詫びって訳じゃないけど,日暮里芋坂の羽二重団子を持ってきましたよ。皆さんで食べてくださいな。」


「ありがとうございます。みんなを呼んできますよ。」


「あたしも久しぶりなんですよ。一緒に食べましょうか。」


「ところで,ご隠居さん。お勉強のほうですが,今後の予定はどうなっていますか?」


「おぉ~。熱心ですな。いや,催促ですかな?まぁ,もうチョット陰イオンの話でいこうかなんて思っていますけど・・・。まだ,温度の話はしていないし,有機溶媒の添加も重要でしょうしね。そこまで行ったら,後は陽イオンのほうに取っ掛かりますかな。」


「判りました。それでお願いしますけど,イオン排除も入れてくださいね。それに,有機物の前処理には固相抽出も使いますので,固相抽出カートリッジでの分離機構についても入れてくれませんかね?」


「確かに,その通りですな。固相抽出に関しては,ご隠居達のIC四方山話シーズン2 その捌で「固相抽出法と疎水性成分を含む試料の前処理」を書いておきましたけど,保持機構 (主に疎水性相互作用) に関してはちゃんと書いていませんでしたね。イオン排除の後にでも書いておきましょうか。」


「宜しくお願いいたします。」


「ちなみに,今回はカラム温度の話,次回は溶離液への有機溶媒の添加の話のつもりなんですが,ここでも疎水性相互作用が少し関係してきます。ということで,ちゃんと聞いておいてくださいね!」

 
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前回の話までをお判りいただけていれば,溶離液による分離の改善は十分対応できるってことにはなるんですが…。実際の試料の分析では標準的な陰イオンのほかにも,有機酸イオンや疎水性イオン (後で説明します) 等いろんなイオンが入っていますんで,もうチョット改善したいなんとことが多々ありますよね。そんな時の簡便かつ効果的な改善手段が,カラム温度と有機溶媒なんです。

ということで,今回はまずカラム温度の話からです。

カラム温度は,イオンクロマトグラフィだけでなく,すべてのクロマトグラフィにおいて分離を改善するための有効な要素です。設定は容易に変えることができますので,もうチョットというときには真っ先に試してみると良いと思いますよ。

一般的な話ですが・・・。温度を高くすると物質や分子の動きは激しくなります。例えば,温度を高くすると電気は流れやすくなります。日本工業規格JIS K 0102には電気伝導率測定で用いる塩化カリウム標準液 (0.744 g/L) の0 ºC,18 ºC,25 ºCの電気伝導率が記載されています。それぞれ,774 µS/cm, 1,220 µS/cm及び1,409 µS/cmで,温度が高くなるにつれて電気伝導率が高くなります。また,化学反応においても,反応温度が10 ºC高くなると,反応速度が2倍になるとされています。このことは分離平衡においても同様で,温度が高くなると平衡速度は速くなります。また,溶液中での試料成分の拡散速度も大きくなり,その結果として溶出時間が短くなるってのが一般的な挙動です。

図5-1に,Metrosep A Supp 5 - 250/2.0を用いたときの種々のカラム温度における標準陰イオンの保持挙動を示します。塩化物イオンから硝酸イオンまではカラム温度が高くなるにつれて溶出時間が短くなっています。一方,リン酸イオンと硫酸イオンは上記とは全く逆の動きになっています。フッ化物イオンも若干遅くなっているように見えます。これは,上記の話が間違っているっていうのではなく,ちゃんとした理由があるんです。

フッ化物イオンや硫酸イオンは水和の強いイオンです。これらのイオンは水和半径が大きいため,イオン交換基に十分に接近できずに不十分なイオン交換平衡で分離がされていると考えられます。ところが,温度が高くなるにつれて水和構造が緩くなってイオン交換基との相互作用が増加するため,保持強くなる (溶出が遅くなる) という風に説明することができます。一方,リン酸イオンは,その肆の話にも書きましたが,通常の陰イオン分析の溶離液pH下では二価イオン (HPO42-) として挙動していると考えることができます。当然,pHが高くなれば三価イオン (PO43-) になるわけですが,温度が高くなるにつれて解離反応も激しくなりますので,三価イオンの存在比が増加し,その結果として溶出時間が大きくなるというわけです。

図5-1 カラム温度を変化させたときの陰イオンの保持挙動 (Metrosep A Supp 5)

図5-1の結果をグラフにしてみました (図5-2)。左は溶出時間のグラフですが,溶出時間の変化がはっきりわかると思います。右のグラフは,保持指数kの対数 (Log k) でプロットしたものです。リン酸イオンと硫酸イオンは分離平衡だけでなくその他の要因が加味されているので若干曲線的な変化ですが,他のイオンは概ね直線的に変化しています。溶離液濃度の時と同様に,この挙動 (どの程度変化するのか) を頭に入れておけば,カラム温度を変えることで分離の微調整ができることになります。但し,溶離液濃度で変化させた時とは異なり,各近似線の傾きはイオン毎に異なっています。

 

図5-2 カラム温度を変化させたときの陰イオンの保持挙動 (Metrosep A Supp 5)
 
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カラム温度による溶出時間の変化 (保持挙動) は,溶離液濃度や組成の場合と同様に,カラムによって大きく異なります。図5-3に,Metrosep A Supp 7とMetrosep A Supp 17における標準陰イオンの保持挙動を示します。Metrosep A Supp 7はMetrosep A Supp 5と似たような動き方ですが,イオン毎の変化の度合いが異なっています。Metrosep A Supp 5よりは温度依存性が若干強いといえます。一方,Metrosep A Supp 17ではリン酸イオンの動きがMetrosep A Supp 5及びMetrosep A Supp 7と大きく異なっており,温度の増加につれて溶出が早くなるという傾向にあります。

 

図5-3 カラム温度を変化させたときの陰イオンの保持挙動 (Metrosep A Supp 7及び A Supp 17)


ここでは,カラム温度が60 °Cまでのテータをお見せしましたが,一般に,陰イオン交換樹脂は読イオン交換樹脂に比べて耐熱性が低いとされています。汎用の陰イオン交換樹脂 (塩化物型) の耐熱温度は,60 °Cとされています。耐熱温度は,基材樹脂やイオン交換基の化学的構造,さらにはイオン交換基の対イオンにより異なりますので,必ず,カラム取扱説明書の範囲内で使用するようにしてくださいね。けど,分離カラムを長期間使用したいでしょうから,あまり高くしすぎないほうが良いかもしれませんね。

 
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ここで,カラム温度を変えたときの効果をもう少し考えてみましょう。
カラム温度を変化させると溶出時間 (保持指数k) が変化することはお判りになったと思いますが,溶出時間が変化するということは分離係数も変化するということで,結果として分離の度合い (分離度Rs) が変化するということです。この点はよろしいですね。


この変化を引き起こしている要因は,最初にお話ししたように,分離に係る平衡速度の変化です。温度の変化によって,イオン交換反応の速度やイオンの解離状態が変化するのです。当然,溶離液内でのイオン成分の拡散速度も変化します。これらのことから,カラム温度を高くすれば分離平衡が速やかになりますので,ピークはシャープに,かつ高くなるものと考えられます。図5-4は,カラム温度を変化させたときの理論段数とピーク対象度をプロットしたものです。カラム温度を30 °Cから40 °Cにすると硝酸イオン及び硫酸イオン共に理論段数Nが約7%向上しています。また,30 °Cから50 °Cにした場合には共に20%も増加しています。このことは,温度が高くなればピーク幅が小さくなるということを意味しています。一方,ピーク対象性fasは,温度の上昇に伴い小さくなっていきます。テーリングの度合いが小さくなり,より正規分布に近いピーク形状になっていくんです。


このようにカラム温度を高くすることにより理論段数やピーク形状も改善されますので,分離を改善できるというわけなんですが…。但し,図5-1~3を見てお判りのように,イオンの種類や分離カラムによって溶出挙動が異なりますので,温度を下げたほうがいい結果を生むということもあります。ということで,無闇に温度を高くするだけでなく,各成分の動きを見ながら調節していくようにしてくださいね。

 

図5-4 カラム温度を変化させたときの理論段数とピーク対象性 (Metrosep A Supp 4)
 
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ここまでお話ししたように,カラム温度の調節は分離の改善策として有用な方法です。分離を改善したいというときには,その参及びその肆にお話しした溶離液濃度や組成と共に,カラム温度も分離の改善策として必ず検討すべき分析条件です。特に,溶出の遅い成分や有機酸などを含む試料の場合には,カラム温度の変更は思いもかけないくらい良好な結果を生むことがありますので,是非とも検討していただきたいと思います。


溶離液濃度や組成,そしてカラム温度の変更による保持挙動やその効果を十分理解していれば,日常的に巡り合う試料の95%以上に対応できるのではと思います。実際,私もこの方法で何十年も対応してきましたよ。まぁ,前処理の工夫が重要なんですがね。


最後に,これまでの改善手法でどの程度の測定ができるのかをお見せしておきましょう。図5-5左は二価の有機酸 (二塩基酸) を含む試料,右は溶出の遅いイオンを含む試料のクロマトグラムです。どうですか?グラジエント溶離法 (その肆の最後に一例をお見せしました) を用いずとも,チョットした分析条件の変更でこの程度の分離ができるんです。


カラム温度の効果は,特に溶出の遅いイオンの分離改善に効果的です。溶出の遅いイオンの内,ヨウ化物イオン [I],チオシアン化物イオン [SCN],過塩素酸イオン [ClO4],ヘキサフルオロリン酸 [PF6] 等は疎水性イオンって呼ばれています。無機イオンで疎水性ってのは変な話ですが,イオン交換基に直接的に会合したり,基材樹脂との相互作用と考えられる挙動が見られたりするんで,疎水性 (疎水的) イオンなんて呼ばれています。これらのイオンは,カラム温度を高くしたり,溶離液に有機溶媒を添加 (次回にお話しします) したりすると,標準的な陰イオン以上に溶出が早まったりします。図5-5右には,チオシアン化物イオン [SCN] と過塩素酸イオン [ClO4] が含まれていますが,カラム温度を55 °Cにすることで短時間に溶出することができています。カラム温度の変更が効果的であるってのがお判りいただけますよね。

 

図5-5 他成分陰イオンの分離例 (Metrosep A Supp 7)
 
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どうでしたか?カラム温度の効果がお判りいただけたでしょうか?カラム温度の変更は溶離液の変更よりも容易ですんで,是非とも試してみてください。ただ,カラム温度の変化で溶出時間が変化するだけでなく,電気伝導度は温度依存性が強くので,ベースラインをモニターしながら完全に安定するのを確認してから測定を開始してくださいね。
今回はちょいと予定を変更してカラム温度の話を先にさせていただきました。次回は,溶離液への有機溶媒の添加とその他の分析条件による分離の改善について話をさせていただきます。
 
では,次回もお楽しみに…。

 

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