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イオンクロマトグラフィの溶離液濃度と保持の関係について、ホフマイスターの序列のところから、ご隠居さんが楽しく解説しています。

シーズン3 その参(三)

 

「あっ,ご隠居さん。いらっしゃい。今日も前回の続きですよね。」


「そうですけどねぇ…。前回の話はちょっと難しかったかな?」


「え~。まぁ~,何とか…。あのぉ~,ホフマイスター則とか云うの…。何となくは判るんですが,今一つイメージが沸かないんですよね。」


「そうですかぁ~。まぁ,そうかもしれないね。実際にイオン交換樹脂なんて作ったことがないもんね。汎用のイオン交換樹脂を持ってきて,対イオンを交換してみたり,有機溶媒中に入れてみたりすると判るんですがね。ホフマイスターの序列ってのは,イオン交換樹脂の膨潤度から決まったらしいんですよ。イオン交換樹脂ってのは,水を沢山含んでいるってのはお判りですよね?」


「えぇ。いつも聞かされていますんで…。イオンてのは水溶液中で水和しているんで,イオン交換樹脂のイオン交換基も水和してるってことですよね。」


「う~ん。まぁ,そんなとこでいいかぁ~。イオンクロマトグラフィ用のイオン交換樹脂はイオン交換容量が小さいんで例外なんですけど,汎用のイオン交換樹脂は固体の中のほうまでイオン交換基が入ってる。つまり,固体の奥のほうのイオン交換基も水和することができるんですよ。それじゃぁ,乾燥した固体が奥のほうまで水を含んでくると,どうなりますかな?」


「う~ん…。水を含んで大きくなるってことですか???」


「そうですな。そのように膨らむことを ”膨潤” って云うんですよ。水はクラスターを作るってことはご存知ですよね。イオン交換樹脂の中の水ってのは,単純にイオン交換基の周りにいくつかの水がくっつくんじゃなくて,クラスターを組んで大量に入り込んでいるんですよ。イオン交換樹脂に含まれる水の量ってのは,イオン交換基の構造や対イオンに依存するんです。で…,ここに,水の構造を破壊するような (Anti-chaotropic) イオンが近づいてきて,対イオンが交換されるとどうなりますかね?」


「水の構造を破壊ってことは,水分子はバラバラになるってことで・・・。水分子は自由に動けるってことですよねぇ~。あっ!イオン交換樹脂から水が吐き出されて,縮んでしまうってことですか?」


「そうですよ!縮むってのは ”収縮” って云うんですが,このイオン交換基や対イオンによって水の量が異なる,つまり,対イオンによってイオン交換樹脂の大きさが異なるんですな。この ”膨潤”,”収縮” の度合いを並べたのがホフマイスターの序列って考えてもらっていいんです。イオンの保持や挙動を考える上で必要なものなんで,必ず覚えておいてくださいな。けど,実際にやってみないとなかなかピンとかないかぁ~。」


「えぇ~。理屈は判ったつもりなんですが,まだ今一つしっくりきませんね。」


「まぁ,止むを得ないね。今回は端から難しい話になちゃったね…。今日の本題は,前回の続きで,溶離液濃度を変えると溶出時間を調節できるって話なんですが・・・」

 
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まずは,チョットだけ,前回のお浚いを・・・

イオンクロマトグラフィでもっとも使われているイオン交換モードでは,溶離液のイオン濃度を高くすれは溶出時間が短くなり,薄くすれば溶出時間が長くなります。これは,すべてのイオン,正確にはイオン交換モードで捕まっているイオンすべてが同じ挙動をします。これは何となくイメージできるでしょうから問題ありませんよね。この時,イオン交換基に対するイオンの選択性が決まっていて,この選択性は溶離液の濃度が変化しても変わりません。つまり,溶出時間が長くなれば分離が改善できるってことになります。これが分離の改善の基本の ”き” です。

さて,今回は,これをもう少し突っ込んで考えましょう。

その前に,イオンの乖離についてコメントを・・・。塩の水溶液は濃度が薄いときは完全に乖離して,イオンとして自由に動き回っていますよね。しかし,濃度が高くなるにつれ,自由に動くことができなくなります。人口密度が高くなった状態ですね。さらに濃度が高くなると,もはや動くことさえできなくなって析出してしまいます。この現象は,塩水を煮詰めていく時に観察することができますよね。
何を云いたいのかっていうと,イオン交換モードにおけるイオンの保持を考えるには,溶離液濃度が比較的低くて,イオンが完全に乖離している濃度範囲に限定されるということです。イオンクロマトグラフィの濃度範囲は,この範囲ですので何ら問題はありませんけど・・・。ということで,完全解離の低濃度用域において,測定対象成分の保持 (保持係数 k,第壱話参照) は以下の式で表されます。

※訂正:k:Bの保持指数 → k:Bの保持係数

こんなもん見せられちゃうと嫌になっちゃいますかね?難しそうに見えますけど,実際には非常に簡単なんです。というのは,右辺第2項以降は,分離カラムの充填剤やサイズ,溶離剤の種類,そして測定対象イオンが決まってしまうと,定数とみなすことができます。ということで,以下のような簡単な式になっちゃうんです。ここで,”C” は定数です。

で…,この式が何を物語ってるのかっていうと,測定対象イオンの保持係数の対数 (log k) と溶離液中の溶離剤イオンの濃度の対数 (log [A]) との間に直線関係があり,その傾きは,−zA/zBだっていうことです。平たく云えば,測定対象イオンの保持と溶離液の濃度とは,その対数値で反比例の関係にあるっていうことですな。この関係は,多くの溶離液系で成り立つことが確かめられていて,溶離剤濃度を変化させたときの保持予測や,分離の改善・最適化に利用することができるんです。

といっても,実際のデータがないとピンときませんかね。図3-1に,実際に溶離液濃度を変化させたときのクロマトグラムを示します。溶離液濃度が濃くなれば早く出てきて,逆に薄くすれば溶出は遅くなり分離も良くなっているのがお判りですか?このクロマトグラムから保持係数 kを求めて,溶離液濃度 (溶離剤イオンはCO32-ですが,この場合は溶離液濃度と同じです) と対数-対数でプロットしたものが右のグラフです。どうです。log [A] とlog kとがきれいに直線上に載っていますよね。上記の式が実験的に証明されたってことです。但し,この関係は,溶離液濃度が高い (mol/L [M] オーダー) 場合や動かす範囲が広い場合には直線に載らないこともあります。けど,イオンクロマトグラフィーの場合には溶離液濃度はmmol/L [mM] レベルですの,何ら問題ありませんが…。

図3-1 溶離液濃度を変化させたときの保持挙動

次に,上記右側のグラフから傾きを読み取ってみましょう。結果は表3-1の通りです。右下がりの回帰線ですから負の値ですね。塩化物イオンの傾きを基準として,それぞれのイオンの傾きの比 (各イオンの傾きを塩化物イオンの傾きで割ったもの) を求めると右側の欄の値になります。どうです,一価イオンの比は概ね “1”,二価イオンの比は概ね “2” です。上式では,傾きは,−zA/zB (測定対象イオンと溶離剤イオンの価数の比) になるわけですが,溶離剤イオン (CO32-) は二価で一定ですから,結果は測定対象イオンの価数に比例します。良くできた結果でしょ!ということで,上記の式は,非常に現実的で利用価値があるんです。

表3-1 溶離液濃度を変化させたときの保持挙動

イオン

傾き

相関係数

傾き比

F-

−0.595

0.9940

1.068

Cl-

−0.557

0.9998

1.000

NO2-

−0.554

0.9993

0.995

Br-

−0.548

0.9998

0.984

NO3-

−0.551

0.9998

0.989

HPO42- (PO43-)

−1.133

0.9981

2.034

SO42-

−1.127

0.9999

2.023

 

 
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ここまでの話で,溶離液濃度を変化させれば,溶出時間を調整できると共に,分離の度合いもある程度調節できるってのがお判りいただいたと思うんですが…。折角,保持の式をお見せしたんで,もう少し突っ込んで保持の式の使い方をご紹介しましょう。
溶離液を変化させたときの保持時間や分離状態を,実際に測定せずに予測・推定するんです。
先ほどのクロマトグラムの3.0 mM,3.5 mM,4.5 mM Na2CO3の結果から,グラフを使って3点で上記右側のようなグラフを描き,4.0 mM Na2CO3の時のパラメータを推定するってことをやってみましょう。得られたグラフの回帰線から,溶離液濃度4.0 mM Na2CO3の時の値を読み取ります。結果は表3-2の通りです。ほとんど誤差無しといっていいくらいの結果ですね。つまり,予備実験がちゃんとしていれば,それらの値を基に次の溶離液条件での結果を推定することができるんです。この方法が判っていれば,試行錯誤的に実験をすることがなくなりますので,無駄を減らすことができます。実際に数値を読み取らなくっても,グラフさえ書けばどの条件が良いのかってのが直ぐ判りますよね。

次いでですが,理論段数やピーク幅も同様の方法で求められます。ピーク幅は溶出時間が長くなると対数的に拡がっていくと仮定して求めることもできるんですが,各クロマトグラムの値を読み取り,上記と同様に両対数でプロットしてグラフから読み取ることもできます。溶出時間とピーク幅が判れば理論段数も求めることができますよね。結果は表3-2の通りです。

表3-2   4.0 mM Na2CO3のときの保持の推定値と実測値との比較 (装置無駄時間 =  0.785 min)

 

保持時間 tr /min

保持指数 k

理論段数 /col.

ピーク幅 /min

イオン

推定値

実測値

推定値

実測値

推定値

実測値

推定値

実測値

F-

3.49

3.49

0.33

0.33

3,449

3,287

0.14

0.14

Cl-

5.27

5.18

1.20

1.15

5,320

5,244

0.17

0.17

NO2-

6.29

6.21

1.70

1.66

6,068

5,612

0.19

0.20

Br-

8.74

8.83

2.91

2.95

6,765

6,645

0.25

0.26

NO3-

10.37

10.33

3.71

3.68

6,197

6,150

0.31

0.31

HPO42-

12.41

12.52

4.71

4.75

4,835

4,999

0.42

0.43

SO42-

14.86

14.95

5.91

5.94

5,778

5,934

0.46

0.46

 

ここまで来たらもうチョット欲を出し,分離度も求めてみましょう。溶出時間とピーク幅が判れば計算できますよね (第壱話参照)。結果は表3-3の通りです。結構いい線いっていますよね?


表3-3   4.0 mM Na2CO3のときの分離度の推定値と実測値

分離度 RS

推定値

実測値

Cl-−NO2-

3.33

3.32

NO2-−Br-

6.54

6.85

NO3-−HPO42-

3.28

3.54

HPO42-−SO42-

3.27

3.27

 
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どうですかね?溶離液濃度と保持の関係をご理解いただけましたか?
チョットした理論を入れて話をしましたが,イオンクロマトグラフィにおける溶離液と保持の関係は今回示した式に則っています。溶離液濃度を薄くしてあげれば,分離が改善されるって訳です。ただ,溶出時間が長くなっちゃうのが難点ですが…
ということで,上記の式は分離の改善・調節をするときに有効で,両対数グラフを描けば効率良く実験を行うことができるんです。けど,実験なんかしなくったって良いということではありませんよ。実験は一杯やってください。ただ,理屈を頭に入れないで滅多矢鱈にやっていては,効率が凄~く悪くなるってことです。

 
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どうでしたか?イオン交換クロマトグラフィにおける保持と溶出の基本原則をご理解していただけたでしょうか?一度,時間のある時にでも試してみてくださいね。
ところで,前回,イオン交換相互作用ってのは複雑だって書きましたが,これは所謂イオン交換相互作用以外にも複数の相互作用が寄与しているので,イオンの保持挙動は必ずしも理論通りにはならないことがあるってことです。そのため,溶離液の変更だけでは期待通りの結果が得られないなんてことがあります。
次回は,この点も踏まえて,溶離液での分離の改善策について話をします。またまた理論・理屈がチョット出てきますが…。お楽しみに…。

 

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