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イオン排除クロマトグラフィにおいても分析条件の設定は重要で,溶離液,溶離液流量,カラム温度の他,試料注入量や試料濃度等が分離に影響します。これらの調節で,分離の改善が可能です。

シーズン3 その拾参(十三)

 

「こんにちはぁ~。」

「ご隠居さん,いらっしゃい。遅刻ですよ!」

「いゃ~ぁ,申し訳ない。神田で降りてアンテナショップを廻ってきたんですよ。」

「お得意の “にほんばし島根館” ですか?」

「まぁね,”めのは” の補給ですよ。”日本橋ふくしま館” にも寄ってきましたよ。これ,この間のアルプスの塩のお返し。チーズの味噌漬けですよ!それと,相変わらずですが,“ままどーる” です。」

「いつもありがとうございます。“ままどーる” は,後で皆で食べましょう。で,塩はどうでしたか?」

「結構甘みがあって美味しかったですよ。最近は,豆腐やキスのフライなんかは塩で食べていますよ。スイスのお土産はチョコレートや乳製品よりも,塩でいいですな。次回もよろしくお願いしますよ。」

「了解しました。ところで,前回の高濃度有機酸中の陰イオン分析の件ですけど…」

「カラムスイッチングでやったんでしょ?駄目だったのかい?」

「うまくいきましたよ!酢酸と酒石酸濃度の高い試料で,100倍希釈してイオン排除カラムに注入して,ウォーターディップを陰イオンカラムに入れました。気になるのは,ピークが若干拡がり気味で…」


「イオン排除のほうの溶離液は水なんでしょ?濃縮カラムは付けなかったの?」


「やはり,必要なんですよね。清さんもそう云っていたんですけど,バルブが2個付いている装置が空いていなかったんで,とりあえず…」


「う~ん,手抜きはいけませんな!858 (Sample processor) に付いているバルブでもよかったのに…」


「858自体が無かったんですよ。やっと装置が空いたんで,明日からもう一回やる予定にしています。けど,極微量なんですけどブランクに硫酸イオンが見えてるのがちょっと気になりますね。」


「硫酸イオンですかぁ~。まあ,スルホン酸型の樹脂だし,溶離液には硫酸を用いるから,完全にゼロにするってのは…。あれ?メトロームじゃ過塩素酸を溶離液にしてるんじゃなかったかね?それだと,µg/L (ppb) レベルの妨害しか出ないと思うけど?」


「確かに,過塩素酸を使っていますが,標準溶離液は硫酸なんで,封入液は硫酸なんですよ。」


「それだと,少しは出てくるかも…。けど,今回の定量には問題はなかったんでしょ?」


「大丈夫でした。繰り返し再現性も添加回収率も良好で,定量値の誤差も3%以下でした。」


「イオン排除カラムは,硫酸溶離液と過塩素酸溶離液の2本を用意しておくといいですよ。さて,今日はイオン排除モードでの分離の改善の話ですよ。そろそろ喬さんを呼んできてくださいな。」


「判りました。すぐ呼んできますんで,宜しくお願いいたします。」

 
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さて,前回の話で,イオン交換樹脂で発現する分離機構,そしてイオン排除モードの基本原理はお判りいただけたと思います。今回は,イオン排除モードにおける有機酸の分離の改善の話です。
イオン排除クロマトグラフィにおいても分析条件の設定は重要で,溶離液,溶離液流量,カラム温度の他,試料注入量や試料濃度等が分離に影響します。これらの調節で,分離の改善が可能です。

まず,溶離液の酸の種類についてですが,一般にイオン排除モードでは希薄な (0.1–10 mM) 酸溶液を用います。酸の種類としては,リン酸,硝酸,硫酸,過塩素酸,時にはシュウ酸が用いられます。また,カラムスイッチングカラムとして用いる場合には,純水を溶離液に用いることもあります。
図13-1は,スルホン酸型陽イオン交換樹脂 (対イオンH+型) を充填したカラムを用いて,リン酸,硫酸及び過塩素酸を溶離液として有機酸を分離したときのクロマトグラムです。有機酸の溶出時間が,リン酸 < 硫酸 < 過塩素酸の順で遅くなっているのが判ると思います。

図中に溶離液に用いた酸の酸解離指数 pKa を記載しておきましたが,溶離液に用いる酸の酸解離指数 pKa が低い (酸性度が高い) 程,溶出が遅いという結果になっています。これは,酸の酸性度が高い程,有機酸の解離が抑制されて,充填剤の強酸性陽イオン交換樹脂との反発力が抑えられると共に,充填剤との疎水性相互作用が増強されて保持が増加したためです。フマル酸が最も大きく変化していますが,骨格に二重結合がありますので,基材樹脂のポリスチレンゲルとの π-π相互作用も関与していると考えられます。

 

図13-1 異なる酸を溶離液に用いた時の有機酸のクロマトグラム

 

図13-2は,図13-1と同様のイオン排除カラムを用いて,溶離液のリン酸濃度と溶出時間との関係 (図13-2左) 及び溶離液流量とカラム性能との関係 (図13-2右) について見たものです。溶離液のリン酸濃度を高くすると,有機酸の解離が抑制されますので溶出時間が大きくなります。
この溶出時間の変化度合いは,有機酸の酸解離指数 pKa や疎水性 (オクタノール-水分配比,Log Pow) に依存 (表13-1参照) しますが,イオン交換モードによる陰イオン分析や陽イオン分析と比較すると大きな変化であるとは云えません。
溶離液の酸濃度をどの程度にするべきかですが,図13-2左からみると,溶出時間が安定となる10 mM程度が良いと判断することができます。紫外吸収検出器 (UVD) を用いる場合には10 mMでも問題ありませんが,電気伝導度検出の場合には10 mMではバックグランド電気伝導度が高くなりすぎますので好ましくはありません。
一般に,電気伝導度検出を行う場合には,溶離液濃度は1 mM以下にするべきです。
一方,溶離液流量 (図13-2右) については,0.4 mL/minのところで理論段数の極大値を示し,その後溶離液流量が高くなると理論段数が低下していきます。最適溶離液流量や理論段数の値はカラム充填剤の特性 (粒子径,架橋度,スルホン化度,カラムサイズ等) によって異なりますが,陰イオン分析カラムや陽イオン分析カラムと同様に最適溶離液流量があるということを覚えておいてください。

 

図13-2 イオン排除モードにおける溶離液の酸濃度 (左) 及び溶離液流量の影響 (右)

 

表13-1 有機酸の酸解離指数pKaとオクタノール-水分配比,Log Pow

表13-1 有機酸の酸解離指数pKaとオクタノール-水分配比,Log Pow

出典: a) 化学便覧基礎編改訂5版, b) U.S. National Library of Medicine, ChemID plus

 
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図13-3に,カラム温度40 ºCと70 ºCで測定した有機酸のクロマトグラムを示します。イオン排除モードにおいても,カラム温度を高くすると溶出時間は短くなります。カラム温度の上昇により有機酸の解離度合が増加して,充填剤の強酸性陽イオン交換樹脂との反発力 (イオン排除効果) が増強されるためです。
図13-3の2つのクロマトグラムでは温度差が30 ºCもありますが,水溶性の高い有機酸の溶出時間の変化度合いはあまり大きくなく,イオン交換モードにおける温度依存性 (四方山話シーズンIII 第伍話,及び第拾壱話) と比較すると僅かな変化です。しかし,疎水性相互作用や π-π 相互作用が関与するフマル酸の溶出は大きく変化しています。

 

図13-3 異なるカラム温度で測定した時の有機酸のクロマトグラム


図13-4に,溶出時間 (左) 及びカラム性能 (右) へのカラム温度の影響を示します。カラム温度の影響度合いも,酸解離指数 pKa やオクタノール-水分配比,Log Pow に依存しています。
図13-4左で判るように,カラム温度の上昇につれ溶出時間は短くなりますが,酸濃度の影響と同様に,イオン交換モードにおける温度依存性と比較するとあまり大きくはありません。
しかし,疎水性相互作用が寄与していると考えられるフマル酸の溶出時間は大きく変化しています。ここにはプロットしていませんが,アルキル鎖の長い有機酸や芳香族有機酸等にも疎水性相互作用が寄与しますので,フマル酸ほどではありませんが明確に温度の影響を受けます。
カラム性能に関しては,他の分離モードと同様に,カラム温度が高くなると分離平衡が早くなりますので理論段数は向上してピーク形状も改善されます。

 

図13-4 イオン排除モードにおけるカラム温度の影響 (左: 溶出時間,右: カラム性能)
 
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上述したように,イオン排除モードにおける溶離液濃度やカラム温度の影響は,イオン交換モードと比較して小さいのですが,分離に影響を与えていることは明らかです。
特に,疎水性有機酸では影響が大きいため,分離の改善手段として利用可能です。この変化は,有機酸の酸解離指数 pKa やオクタノール-水分配比,Log Pow,さらには基材樹脂との π-π 相互作用の変化に基づくものですので,これらの相互作用の発現度合いを変化させれば溶出時間の調節が可能ということになります。

ここで,有機溶媒中での有機酸の解離について考えてみましょう。有機酸は,水中で水と水和してプロトン (H+) を吐き出し,負のイオンとして存在しています。しかし,有機溶媒中では水中のように自由にプロトンを吐き出すことができないためイオン性が低下してしまいます。
表13-2に,有機溶媒中の有機酸の酸解離指数pKaを示します。有機酸はアルコールのようなプロトンを供与することが可能な有機溶媒 (プロトン性溶媒) 中でもイオン化していますが,水中に比べれば解離し難い状態になっており,その結果として酸解離指数pKaは増加します (酢酸: pKa 4.76 → 9.6)。
一方,プロトンを供与することができない非プロトン性溶媒中では,有機酸は有機溶媒と溶媒和をすることができないため,ほとんど解離していない状態になってしまいます。その結果,酸解離指数pKaは非常に大きな値となります (酢酸: pKa 4.76 → 22.3)。


表13-2 有機溶媒中での有機酸の酸解離指数pKa

出典: 化学便覧基礎編改訂5版

 

有機溶媒中で有機酸の解離状態が大きく変化するというのであれば,溶離液に有機溶媒を添加することによりイオン排除モードにおける有機酸の分離を大幅に改善できるということになります。
図13-5は,非プロトン性溶媒であるアセトニトリルを溶離液 (2 mM HClO4) に添加した時の有機酸の溶出時間の変化を示したものです。10%のアセトニトリルの添加で溶出時間が大幅に短くなっています (酪酸の溶出時間: 18 min → 14min)。これは,アセトニトリルの添加により有機酸の解離が抑制されて,非解離状態の有機酸が増加したためです。非解離状態の有機酸の保持には疎水性相互作用が大きく寄与してきますが,アセトニトリルの添加によって溶出が早くなったものと理解できます。図13-5のクロマトグラムでは溶出順の変化は生じてはいませんが,溶出パターン (分離パターン) は変化していますので,有機溶媒の添加により分離を改善できることが判ります。
アセトニトリル以外の有機溶媒としてはアセトンも使用可能です。アセトンも非プロトン性溶媒に分類される溶媒ですので,分離の改善に有効な有機溶媒です。尚,表13-2にはメタノール中での有機酸の酸解離指数pKaも示してありますが,イオン排除モードの溶離液にはアルコール類は使用しないでください。
プロトン性有機溶媒であるという理由ではなく,酸性条件下でスルホ基とエステルを形成してイオン排除効果を低下させてしまう恐れがあるためです。従って,溶離液へのアルコール類の添加は避けてください。

 

図13-5 イオン排除モードにおける溶離液への有機溶媒の添加効果
 
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最後に,イオン排除モードによる有機酸の測定例を示しましょう。
図13-6左はポテトジュース,図13-6右はコーヒー中の有機酸の測定例で,共にサプレストモード (四方山話シーズンIII 第拾貳話) で測定しています。
ポテトジュースは0.45 µmのメンブランフィルターでろ過した後測定を行っています。コーヒーは水抽出したものを0.45 µmのメンブランフィルターでろ過した後測定を行っています。但し,種々の有機化合物が共存しているため,溶離液に15%のアセトンを添加しています。

 

図13-6 イオン排除クロマトグラフィによるポテトジュース (左) とコーヒー (右) 中の有機酸の測定
 
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イオン排除クロマトグラフィにおける分離の改善の基本はお判りいただけたでしょうか?分離条件の調節ではイオン交換モードのような大きな変化を望むことはできませんが,微妙な分離に困った時には,まずカラム温度,次いで有機溶媒の添加という順で試してみてください。
次回は,イオン排除クロマトグラフィによる無機弱酸の測定についてお話をしようと思っています。

次回もお楽しみに…

 

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