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実試料中でナトリウムイオン濃度が凄く高く、直ぐ後ろに溶出するアンモニウムイオンの濃度とは数百倍から数千倍も掛け離れているなんてことがあります。しかし、溶離液の酸濃度やジピコリン酸の添加では、ナトリウムイオン、カリウムイオン、アンモニウムイオンの3種の溶出パターンを変化させることはできません。 こんな時は、クラウンエーテルの登場です!

シーズン3 その拾(十)

「こんにちはぁ~。おっ!清さん。丁度良かった。こないだお願いしたデータは採れましたかな?」


「あっ!ご隠居さん。今日もよろしく!例の高濃度ナトリウムのデータですよね?」


「そうですよ。どうでしたかね?やっぱり,分離カラムを変えないと駄目でしたかね?」


「いいえ。そんなことはありませんでしたよ。大丈夫でした。分離カラムはご隠居さんのご指定通りです。結果は,そこそこですね。力技ですけど,十分定量できていますよ。」


「そうですか。そりゃ良かった。ちょいと乱暴な手口だとは思っているんたけど,定量できるんならいいでしょう。結果良ければすべて良しってことですかね。」
「他の頼まれたデータも全部揃っていますよ。」


「そりゃ,素晴らしい!ご苦労さんでした。それじゃ,喬さんを呼んできてくださいな。採れたてのデータを使って話を始めましょうかね。」


「判りました。すぐ呼んできますんで…」

 
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何度もお話をしていますが,イオン交換モードでの分離というのは,イオン交換基と測定対象イオンとの静電的な物性に依存していますんで,分離カラムが固定されてしまうと溶出パターンが決まってしまうんです。特に,陽イオン分析では,原子イオンを測定対象としていますので,選択性を変えるのは至難の業です。そこで,イオン交換相互作用に,もう一つの相互作用を加えて分離を変化させるっていう方法が用いられます。

第玖話では,錯形成剤であるジピコリン酸 “DPA” (2,6-ピリジンジカルボン酸, PDCA) を添加することでマグネシウムとカルシウムとの選択性を改善する,具体的には溶出順序を入れ替えることができるという話をしました。ジピコリン酸の添加によってアルカリ土類金属イオンの選択性を変化させることが可能なんですが,肝心なアルカリ金属イオンの選択性を変化させることはできません。

「肝心な」って書きましたが,水試料を主な測定対象とするイオンクロマトグラフィにとって,ナトリウムとカリウムのアルカリ金属イオン,そしてアンモニウムイオンを加えた3種の陽イオンの同時分離が重要です。これら3種の陽イオンの濃度が同じくらいである場合には,何ら問題はなく標準溶離液で分離定量が可能です。しかし,実試料中ではナトリウムイオン濃度が凄く高く,直ぐ後ろに溶出するアンモニウムイオンの濃度とは数百倍から数千倍も掛け離れているなんてことも珍しくはありません。しかし,第捌話及び第玖話にお話ししました溶離液の酸濃度やジピコリン酸の添加では,これら3種の溶出パターンを変化させることはできないんです。

こんな時どうしましょうか?分離能の高いカラムを使用し,溶離液濃度を下げて,試料注入量も可能な限り小さくして…,なんてことも重要な対策なのですが,より積極的な改善策が必要です。

そこで,18-クラウン-6 (18-crown-6) の登場です。

18-crown-6 は環状エーテル化合物で,その空洞の中に金属イオンを取り込んで包接化合物 (包接錯体) を形成します (図10-1)。18-crown-6 の空洞半径は0.13 nmです。図10-1に陽イオンのイオン半径を示しますが,カリウムイオンのイオン半径は0.133 nmと18-crown-6 の空洞半径とほぼ一致し,包接錯体の錯安定度定数も最も高い値です。次いで,錯安定度定数の高いのはルビジウムイオンですが,カルシウムイオンも比較的安定な包接錯体を形成するのが判ります。また,アンモニウムイオンのイオン半径は,ルビジウムイオンのイオン半径よりも若干大きいとされていて,カルシウムイオンに近い錯安定度定数を示します。

図10-1 18-crown-6の包接化合物,及び陽イオンのイオン半径と錯安定度定数

 

溶離液に18-crown-6 を添加した時の相互作用を図10-2に示します。
硝酸を溶離液とする分離カラムに,ナトリウムイオン,アンモニウムイオン及びカリウムイオンが注入されたとしましょう。これらは陽イオン交換相互作用によって分離されますので,溶出順序はナトリウムイオン < アンモニウムイオン < カリウムイオンです。

ここに,18-crown-6 が添加されると,これらの陽イオンは18-crown-6 と錯体を形成します。包接錯体の安定度定数はイオン半径の順と同じですので,ナトリウムイオン < アンモニウムイオン ≪ カリウムイオンの順で,ナトリウムイオンはほとんど錯を作りません。

18-crown-6 は非イオン性の中性化合物ですので,包接錯体を形成されても陽イオンの電荷は中和されず陽イオン性を示します。従って,イオン交換樹脂に対して,イオン交換相互作用を示します。ここで,図10-1をもう一度見てください。包接錯体の金属イオンには18-crown-6 の酸素原子 “O” が配位していますので,外側には4つのエチレン鎖が出ています。この構造からわかるように,包接錯体は疎水性を示しますので,基材樹脂と疎水性相互作用します。

つまり,ナトリウムイオンはイオン交換だけ,アンモニウムイオンはイオン交換と一寸だけの疎水性相互作用,カリウムイオンはイオン交換と強い疎水性相互作用で分離されることになります。その結果として,カリウムイオンが特異的に遅れて溶出するということになります。

図10-2 18-crown-6 添加溶離液系における相互作用

 

18-crown-6 の添加効果はお判りになったと思います。では,どの程度添加すればよいのかを示しましょう。

図10-3に,溶離液に18-crown-6 を添加した時の陽イオンの溶出挙動を示します。基本溶離液は4 mM硝酸です。添加濃度の増加につれ,カリウムイオンの溶出が特異的に遅くなっていくことが判ると思います。また,アンモニウムイオンとカルシウムイオンも同様に溶出が遅くなっています。ここで,ナトリウムイオンとアンモニウムイオンとの分離に注目すると,18-crown-6 濃度 3 mM以上で明らかに分離が改善されています。

図10-4 溶離液に18-crown-6を添加した時の陽イオンの溶出挙動 (Metrosep C 3)
 
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陽イオン分析における18-crown-6 の添加効果がお判りになったと思いますが,「肝心な」分離における効果を見てみましょう。高濃度ナトリウムイオン中の微量アンモニウムイオンの分離です。図10-5に,18-crown-6 添加溶離液を用いた時の高濃度ナトリウムイオン中の微量アンモニウムイオンの分離例を示します。ナトリウムイオン700 mg/L (ppm) 中の0.2 mg/L (ppm) のアンモニウムイオンの分離で,濃度比で示すと3,500:1の分離が達成できています。凄いですねぇ~。

ここでは,溶離液に12.5 mMもの18-crown-6 を添加していますが,18-crown-6は結構高い試薬です。この条件で1 Lの溶離液を作るとすると,1,000\位必要です。18-crown-6 の添加は絶大ですが,コストパフォーマンス的にはいかがなもんですかね?やはり,18-crown-6 の添加効果だけに頼るのではなく,より分離の良い分離カラムへの変更する,硝酸濃度の最適化を行う等の検討を行った上で,18-crown-6 の添加を考えるようにしてくださいね。

 

図10-5 18-crown-6添加溶離液を用いる微量アンモニウムイオンの分離 (Metrosep C 3)
 
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前回第玖話では,ジピコリン酸の添加によるマグネシウムとカルシウムとの選択性の改善について話をしましたよね。ジピコリン酸添加溶離液に18-crown-6 を添加して分離を改善することも可能です。図10-6は,ジピコリン酸添加溶離液にさらに18-crown-6を添加した時の陽イオンのクロマトグラムです。どうですか。18-crown-6 の添加により,相対的に分離パターンが良くなっていることが判りますよね。

図10-6 溶離液にジピコリン酸と18-crown-6を添加した時の陽イオンの溶出挙動 (Metrosep C 4)
 
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今回は,陽イオン分離における18-crown-6 の添加効果についてお話ししました。第捌話,第玖話に話しました酸濃度及びジピコリン酸と併せて溶離液条件を調整すれば,選択性を変化させることが難しい陽イオンの分離も調節可能です。微量のアンモニウムイオンの分離に困った時には,一度挑戦してみると良いと思います。

ちなみに,サプレスト式ICでは,サプレッサでジピコリン酸や18-crown-6を除去することはできませんし,これらがサプレッサに吸着して性能低下を引き起こします。従って,ジピコリン酸や18-crown-6の添加は必ずノンサプレスト式ICで行ってください。逆の見方をすると,サプレスト式ICではこのような “drastic“ な分離の改善ができないってことです。このような手法の活用は,ノンサプレスト式ICの最大のメリットといえますし,分析者の腕の見せ所でもあると思います。

次回は,陽イオン分析における有機溶媒の添加効果についてお話をしようと思っています。

 

次回もお楽しみに…。

 

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