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訳の分からないピーク、所謂「未知ピーク」ですが、イオンクロマトグラフに限らず、その他のクロマトグラフで分析していてもよくあるトラブルです。ご隠居さんがその原因と解決方法を紹介しています。

シーズン1 その参捨(三十)

「ご免下さいよ〜。皆さんおられますかぁ〜」

「神明町のご隠居さん。今日は何ですか?あれ,一杯入っています〜?」

「判りますかね?今日は,湯島の『江知勝』で一寸した寄り合いがあってね。昼間っからいいものを食べさせて貰いましたよ。あっ,そうそう。少ないけど,お土産ですよ。」

「わっ,『うさぎや』の銅鑼焼きですね。頂きます。IC組だけで頂いちゃいましょう。」

「おや?清さんはいないのかい?」

「お客さんの処です。データ持って飛んで行きましたけど,どうも,しっくり来ないんですよ。試料は4つあって,繰り返し再現性を見たいってんですけど,,,とんでもなくいい結果なんですが,お客さんからの見本のクロマトグラムにはないピークが居るんです。そろそろ帰ってくるんで,帰ってきたら相談に乗って下さい。おっ,云っているそばから帰ってきましたよ。」

「あのぉ〜,再現性がいいことは判ってくれたんですが,,,あんなピークは居ないって,,,」

「そうですか,,,ところで,未知ピークは1本ですか?濃度レベルはどのくらいですか?試料は色は付いていますか?送ってきた試料は直ぐ測りましたか?何か前処理はしましたか?溶離液は大丈夫ですか?標準溶離液ですか?繰り返し測定は一つの瓶からですか?ブランク測定は?」

「まっ,まぁ,待ってください。一つずつ説明しますから,,,未知ピークは1本です。塩化物イオンに換算すると,5ppbあるかないかです。送られてきたのは先週ですから,測るまで4日ほど経ってますね。冷蔵庫保管です。着いたときは色は無く,透明でしたけど,測るときにはもやもやしたものが出てたんでろ過しました。オートサンプラに測定分だけいつものバイアルに入れた試料を並べて,,,20本ですけど,5本毎に純水のバイアルを置きました。連続でも,手打ちでもブランクにはあのピークは出てません。」

「ふ〜ん。断定はできないけど,どうやら清さんの性ではなさそうですね。お客さんに事情を話して,もう一度試料を貰うことになると思うけど,その前に少し考えてみましょう。」

 

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訳の分からないピーク,所謂,「未知ピーク」ですが,イオンクロマトグラフィーに限らず,クロマトグラフィーをやっていると時々こういう問題に出会します。「未知ピーク」って言葉は,2つの意味を持って使われてます。本来は,試料中にあるんだけれども,何だか判らない (定性できない) ピーク,あるいは定性していない (未同定/定性ピーク) のことだと思います。しかし,試料中にあるはずのない何だか判らないピーク (「ゴーストピーク」と呼ばれています) のほうも「未知ピーク」って云うことがあります。この逆も使われていますけどね。

今回のピークは,お客さんの言い分を聞く限りでは,試料中には無いのだから「ゴーストピーク」ってことになります。ということで,ここでは「ゴーストピーク」について考えてみましょう。

その前に,下の図を見て下さい。こんなベースラインよく見かけませんか。a) は,所謂「ノイズ」ですね。プランジャーシールやチェックバルブが傷むとこんなベースラインになってしまいますね。細かくかつ周期的ですので判別付きますね。b) もポンプ系の不調で起きるベースラインノイズですが,細かくはなく不規則です。ピークと見間違うようなものも見られますが,原因が原因なので,再現性の良い結果なんてものは得ることができません。設置環境によっても出ることがあります。c) は,所謂「うねり」と呼ばれるものです。設置環境や機器の動作不良・汚れ等が原因で生じます。測定対象のピーク幅に近いものも出ることがありますので,ピークと見間違うことがあります。しかし,再現性がありますので,繰り返し測定を行えば判別可能です。d) は非常に鋭敏なピーク状のものが連続して発生しています。図は負方向ですが,正方向に出るものもあります。これは,空気の混入や電気系の不調,光源の劣化等の時に見られます。また,空気の混入や電源電圧の変動等の時には,連続してではなく,間欠的に発生することもあります。

 

 

上に示したのは,「ノイズ」のお仲間です。確かに,試料中には存在しないものがクロマトグラム上に検出されるのですが,「ゴーストピーク」ではありませんのでしっかり区別して下さい。

「ゴーストピーク」の発生原因は,①装置,②移動相,③カラムと云われ,原因を特定するのはかなり面倒です。試料には無いのに,何故クロマトグラムに現れるのかですが,,,

下記の図を見て下さい。HPLCの逆相クロマトグラフィーの例です。ペプチドを分離するときの条件で,A液がトリフルオロ酢酸を含む純水,B液がトリフルオロ酢酸を含む90%アセトニトリルです。a),b) 共にグラジエント分析時のベースラインを示したもので,決して試料は注入していません。にもかかわらず,b) のほうでは一杯ピークが出ています。試料中の成分そのもののように見えます。これは,A液中に存在する何らかの成分 (通常は有機物) がカラムの先端に濃縮されて蓄積し,グラジエントが開始されて有機溶媒濃度が高くなるに連れて溶出したものです。「ゴーストピーク」の代表例です。A液を通液している時間が変われば出てくるピークの高さは変わりますが,一定サイクルで測定していると,非常に再現性の良い結果が得られます。イオン交換モードでも同様の問題が生じますよ。

 

溶離液に係わる「ゴーストピーク」のもう一つの代表例がシステムピークです。イオンクロマトグラフィーではベイカントピークとも云います。これも,移動相 (溶離液) に依存ずるもので,炭酸系溶離液の場合には炭酸ディップとも云われます。この発生機構を説明すると長くなりますので省略しますが,ベイカントピークの出現位置は移動相の組成が変われば変化し,試料注入量が変われば大きさが変化します。しかし,一定条件で測定している場合には,非常に再現性の良い結果が得られます。

「ゴーストピーク」の発生原因はその他にもあります。インジャクタバルブやカラムに汚れが蓄積していると,バルブの切り替えに基づく圧力変化によって汚れが流れ出してピーク状となって検出されることがあります。また,試料中の成分との何らかの相互作用によって引きずられてピークとなって現れることもあります。配管のデッドボリウムに汚染成分が溜まっている場合も同様です。同一条件で測定していれば,これらの「ゴーストピーク」も良好な再現性を示します。さらに,試料容器やバイアルのセプタム等も「ゴーストピーク」の原因となります。バイアルからの溶出成分や,セプタムの汚れや添加剤等が,「ゴーストピーク」を引き起こします。この他,溶離液やカラムの中で反応したり,分解したりして発生することだってあります。

話は長くなりましたが,今回の場合を考えてみましょう。

溶離液は標準溶離液ではないので,ベイカントピークの位置がずれて出現したとも考えられますが,純水注入 (ブランク測定) では出ていないとのことですので,ベイカントピークではありません。当然,インジェクションショックやオートサンプラに置いたバイアルの性でもなさそうです。ろ過したメンブランフィルタの可能性がありますが,フィルタブランクのクロマトグラムには居ませんでしたので,これも違います。ということで,可能性は試料が入っていた容器からの汚染ではないかと考えられます。試料溶液が容器に接していた期間は,試料採取から測定までで約1週間と考えられ,この間に汚染が生じたと推定されます。こう考えれば,再現性が良いというのも説明付きますよね。このような問題の解消には,綺麗に洗浄し,十分枯らした容器を用い,試料溶液と共洗いをして採取する必要があります。

ということで,自信のある容器を送って,再度試料を採取して貰う必要がありそうです。

けど,「送られてきたときは色は無くて透明だったけど,測るときにはもやもやしたものが出てた」ってのが気になりますね。試料中の成分が分解あるいは変性しているんじゃないかと思うんですが,,,「もやもやした沈殿」も「未知ピーク」ってのも,分解・変性が原因じゃないのかな?実際の測定は1日もかからず終わっていますから,この場合もある程度再現性の良い結果が得られると思いますがね,,,この点は,お客さんにしっかり確認しておくべきですね。

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「ゴーストピーク」ってのは,厄介でしょ。何某らの原因は有るんですが,なかなか原因に行き当たらない。その名の通り,「幽霊」ですな。こんな奴に取り付かれちまうと,いつまで経ってもまともなデータが取れません。皆さんもお気を付けくださいね。おや。長話をしている間に表が暗くなってきたね。随分と日が短くなって,涼しくなりました。幽霊は一重物しか着ないので,ふつうは暑い夏にしか出ないなんて云いますけど,冬に出る幽霊だってあるそうですよ。ということで,今日は寄り道せずにさっさと帰りましょう。


※本コラムは本社移転前に書かれたため、現在のメトロームジャパンの所在地とは異なります。

 

 

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