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難燃剤は,材料が燃えにくくするために加える添加剤です。身の回りのプラスチックや繊維のほとんどに入っているそうです。燃焼法イオンクロマトグラフは、難燃剤に含まれるハロゲンや硫黄の微量分析ができます。

 

シーズン1 その貳拾漆(二十七)

こないだの颱風,久々に凄かったですね。ぼろ屋なんで,飛ばされちまうんじゃないかって心配でしたよ。木屑が当たって窓ガラスが一枚やられちゃいました。引っ越してきたばかりなのに。そろそろ梅雨が明けて,夏本番っていう感じですね。先月はお山開きの話でしたね。お山開きときたら,次は川開きです。川開きといったら,隅田川の花火ですかね。今は7月の最終土曜日にやっていますけど,昔は旧暦の5月28日だったそうです。今でも,花火の掛け声は「玉屋ぁ〜」ですけど,両国橋を挟んで鍵屋と玉屋が競って打ち上げたそうです。鍵屋よりは呼びやすいのか,玉屋のほうが腕がよかったのか,,,けど,玉屋さんは,将軍様が日光参詣の時に火事を出して,周りを半町ほど焼いちまって,江戸追放,断絶ってことになったそうですよ。

「橋の上,玉屋,玉屋の声ばかり,なぜに鍵屋と言わぬ情 (錠=鍵) なし」

花火見物の人でごった返す両国橋の上。本所のほうから共侍と槍持ちを従えた馬に乗った殿様が。無粋にも,花火の見物人を蹴散らしながら橋を渡り始めた。反対の両国広小路のほうからは,道具箱と箍 (たが) 担いで帰りを急ぐ「箍屋」さん。邪魔者扱いされながらも端の中程まで来たが,人に押されて堪らず道具箱と箍を落としてしまう。その途端,箍がはじけてスルスルと伸び,拙いことに馬上の殿様の陣笠を跳ね飛ばしてしまった。

笠だけが飛び頭の上には土瓶敷きの様なものだけ残り,間抜けな恰好になった馬上の殿様。

「無礼者,そこに直れ!屋敷まで同道せい!」

「お屋敷に行ったら首が無くなってしまいます。家には寝たきりの親が帰りを待っていますんで。親に免じて許してくださいまし。」

箍屋さんは何度も謝って許しを請うが,体裁大事が一番の殿様は「ならん!」の一点張り。

ついに,箍屋さん穴を捲り,

「これだけ謝っても許しちゃくれねぇのか。やい,四六の裏 (賽子では三と一なので,サンピンっていう洒落),切れるもんなら切ってみろ!」

その後も粋のいい啖呵で次々と毒づく。

馬上の殿様,テンポのいい啖呵に気圧されるが,我慢が出来ずに武力行使。

「切り捨て〜ぃ」。

「抜けば玉散る氷の刃」ってぇと格好いいが,みっともないことに「抜けば錆散る赤鰯」。

共侍が斬りつけるが,刀を取られ,箍屋さんに袈裟切りに切られてしまう。殿様,槍を扱いて突き刺そうとするが,ヒラリと躱した箍屋さんに千段巻のところから切り落とされた。慌てて腰の刀に手をかけたが,箍屋さんの踏み込み早く,殿様の首目掛けて刀を横に払った。

天高く上がった殿様の首に,花火見物人達が,「たっがやぁ〜」。

 

 

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「ご免下さ〜い!ご隠居さんおられますか〜!」

「寛さんかい。今,千駄木のご隠居が帰ったとこなんだが,すれ違わなかったかい?」

「いえ。合いませんでしたよ。千駄木のご隠居さんも居ると判ってりゃ,早く来るんだった。」

「千駄木のご隠居に用だったんかい?年寄りの足だ。直ぐに追いつくよ!」

「いえいえ。そうではなくて,音羽の,いや,神明のご隠居さんのほうですよ。」

「何か,変な言い方だね。まぁ,いいや。で,何ですかな?」

「へへっ,どうも済みません。あの〜ぉ。難燃剤の分析ってICでできるんですかね?」

「ん,難燃剤ですか?繊維やプラスチックに入っている奴?」

「えぇ,そうですよ。できませんか?」

「できませんかっていったって,急には何とも,,,う〜ん,アンチモンやマグネシウムだろ,,,繊維やプラスチックから上手く抽出できればICの相手になるんだけど,抽出ってできるのかな?洗濯したら難燃性が落ちちゃいましたってんじゃ,笑えないよね。」

「ってぇと,駄目だってことなんすか?」

「多分ね。『はいできますよ』なんて答えが何時も出る訳じゃない。今度ばっかりは無理だろうね。できるものもありゃ,駄目なのもある。これが世の常,あまり欲張りなさんな。おい!がっかりして帰っちゃうんかい?何処で役に立つか知れんけど,難燃剤について考えてみませんか?」

 

今回は,ICじゃ駄目ってことになりましたが,知識の蓄積ってことで話を進めましょう。

難燃剤ってのは,材料が燃えにくくするために加える添加剤ですね。我々の身の回りのプラスチックや繊維のほとんどに入っているそうです。日本難燃剤協会 (http://www.frcj.jp/) ってのがあってね,そのホームページに難燃剤データ集 (http://www.frcj.jp/data/index.html) がありますんで,詳しく知りたい方はそちらもご覧くださいね。
難燃剤は,無機系,リン系,臭素系の三つに分けられます。
無機系は,酸化アンチモンと水酸化マグネシウムです。大気中のアンチモンのほとんどは焼却炉から出てくる難燃剤由来のアンチモンだといわれていますが,,,これらは,ICP-MSやICP-AESで測定されています。燃焼させた灰から抽出すればICでも測定できそうですが,,,ICP-MSやICP-AESのほうが簡単そうですね。
リン系は,有機物のリン酸エステルがほとんどですね。これらはGCやHPLCの世界です。燃焼させて抽出すればリン酸として測定できますが,難燃剤以外にもリン系の高分子添加物があるそうですから,この方法でリン系の難燃剤を調べたということにはなりませんね。
もう一つは,臭素系難燃剤です。芳香族や環状化合物の周りに沢山の臭素が導入された化合物です。これらの臭素系難燃剤は,難燃性が高く,安価であるため,広く利用されています。しかし,有害性と共に残留性が大きな問題となり,2006年から欧州有害物質使用制限 (RoHS) 指令で使用が制限されています。代表的な臭素系難燃剤の構造を下に示しますが,これらの内,PBBsとPBDEsがRoHS指令の対象化合物で,材料中に1000mg/kg以下とされています。この2種以外のものも大量に使用されていて,今後規制が入るかも知れません。規制されている臭素系難燃剤は,GC/MSやHPLC/MS/MSなんかで測るんですけど,前処理が大変は面倒だそうです。そこで,スクリーニング法として蛍光X線が採用されています。私は蛍光X線のほうはよく分からないんですけど,20mg/kg位まで定量できるそうです。これで引っ掛かったら,GC/MSやHPLC/MS/MSで化学形態毎の精密分析 (10mg/kg) をしているそうです。

ポリ臭化ビフェニル(PBBs)
ポリ臭素化ジフェニルエーテル(PBDEs)
ヘキサブロモシクロドデカン(HBCD)
テトラブロモビスフェノールA(TBBBA)
2.4.6-トリブロモフェノール

どうですかね?これじゃ,ICの出る幕はなさそうですよね。残念ですね。ご苦労様でした。
一寸待ってくださいよ。スクリーニングって目的なら燃やせばいいんですよ。確かそんなことをやっている人がいましたね。ありましたよ!燃焼-IC法です。

森田康子,岡崎由佳,川北浩久,隅田隆:空気燃焼—イオンクロマトグラフィーによるRoHS指令に対応した有機材料中のハロゲンの定量,分析化学,Vol. 61,No. 5,p.367-370 (2012). (https://www.jstage.jst.go.jp/article/bunsekikagaku/61/5/61_367/_pdf)

プラスチックを900℃で燃焼させ,発生した臭素ガスを過酸化水素水-水酸化カリウムを吸収液として吸収・還元させ,ICで吸収液中の臭化物イオンを定量するという方法です。燃焼-ICは,薬品だけでなく,プラスチックの組成分析に利用されています。ですから,添加剤分析にだって利用できます。これだと,蛍光X線と同様のスクリーニングに利用できるように思います。しかし,精密分析ではなくて,あくまでもスクリーニングです。問題は使い勝手なのですが,操作性が良ければ蛍光X線の代わりに燃焼-ICを使ってもいいと思いますが,,,

燃焼-ICをやる場合,標準物質がいつも問題となりますね。当然,対象となる難燃剤そのものの標準物質の分析は行わなければいけないんですが,プラスチックに混練した標準物質が必要となります。産業総合研究所から,DBDEの認証値が付いたポリスチレン (NMIJ CRM 8108-a) が提供されていますので,これを使えばよいかもしれません。

尚,臭素系難燃剤は残留性が高いため,POPs条約 (残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約) において,PBDEsはPOPs物質 (persistent organic pollutants: 残留性有機汚染物質) とされています。また,DBDEsの脱臭素過程で,臭素化ダイオキシンの仲間であるポリ臭化ジベンゾフラン (PBDFs) が生成するとの報告もあります。そのため,代替物質に関しても種々検討されていますが,臭素系難燃剤は高い難燃性を持っていますので,リン系への置き換えは難しいとされています。従って,代替物質も臭素系あるいはハロゲン系化合物となる可能性が高く,新たな規制が生まれるかも知れません。

最後に,もう一つ。臭素系難燃剤はその難燃性の高さから広く利用されていますが,塩素系化合物も難燃剤として利用されています。代表的な化合物は下記に示すデクロランプラスです。元々,塩素系難燃剤としてデクロランが使用されていましたが,これは農薬として開発されたマイレックスそのものです。マイレックスはPOPsに指定されて製造・使用共禁止されましたので,難燃剤としての使用もできなくなり,デクロランプラスが開発されました。デクロランプラスは規制物質ではありませんが,電気配線の被覆材の難燃剤として大量に使用されているそうです。

デクロランプラス(Dechloran Plus)
マイレックスデクロラン(Mirex Dechloran)
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今日の問題は,ズバリの解答を引き出すことはできませんでしたが,ハロゲン系の難燃剤等の高分子添加剤のスクリーニングに燃焼-ICが広く利用されるといいのですが,,,結構色んなものに適用できるんですが,あまり馴染みがない性か,実際に使用している人は多くないですね。メーカーさん,もう少し宣伝したほうがいいかも知れません。今回,僅かだけですが難燃剤について調べてみましたが,プラスチックに囲まれている私達には必要不可欠な物質なんですね。難燃剤を駆使していれば,玉屋さんだって燃えて無くなることも無かったってことですね。けど,「毒と薬は裏返し」。分析って仕事の重要性をまたまた考えさせられた一日でした。では,また。いるそうです。

※本コラムは本社移転前に書かれたため、現在のメトロームジャパンの所在地とは異なります。

 

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