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イオンクロマトグラフィに限らず、分析作業において正確な試料の希釈はとても重要です。メスフラスコのメニスカスの見方からマイクロピペットの使い方まで化学実験の基本をご隠居さんがわかりやすく解説しています。

シーズン1 その拾伍(十五)

六月,水無月ですね。「雨が降っても水無し月」って,昨年も書きましたかね?
天正十年 (1582年) 六月二日。何の日だか判りますか?織田信長公が,御自害された日ですよ。そう,明智光秀が暴挙に出た,『本能寺の変』です。

「人間五十年,下天のうちを比ぶれば夢幻の如くなり。一度生を享け,滅せぬもののあるべきか。」。

敦盛 (幸若舞) の一説ですね。信長公は四十九歳 (満四十八歳) で身罷られましたので,五十には届きませんでしたね。事半ばにして,お身内から,,,さぞ無念だったでしょうね。生きておられたら,この世はどうなったのでしょうかね?

さて,ここで問題です。六月二日未明,光秀は,信長公がおられる京・本能寺 (当時は本応寺) に攻め込みました。まだ未明でしたので暗かったはずですが,この夜,月は出ていたでしょうか?いかがですか?そんなこと,国立天文台にでも聞かなきゃ判らないって,,,

答えは簡単ですよ。月は出ていません。正確には,細い線のような月が出ていたんです。

何故って?当時は太陰暦ですよね。つまり,朔日は月が生まれる日ですから,二日は月は出てないに等しい状態です。光秀は,松明を炊いて京の町を行軍したんですね。
落ち着いて考えれば簡単ですね。何でもそうですが,上っ面の思いこみで見たり考えたりしていると,当たり前のことが判らなくなってしまいます。論理性と感性のバランスが重要なのですよ。

 

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さて,さて。今月は誰も逢いに来てくれなかったし,こちらは足が悪いんで Metrohm さんには行けないし,,,別にネタ切れって訳じゃないんですが,どんな話をしましょうかね。
そうですねぇ。今回は少しお勉強をして貰いましょうかね。前々回に陽イオン分析での分離の改善の話をしましたよね。陽イオン分析も,陰イオン分析と同じでイオン交換モードで分離するんですが,実は単純なイオン交換モードではないんです。イオン交換モードでは同時に分離できないアルカリ金属イオンとアルカリ土類金属イオンとを,もう一つの相互作用を巧みに利用して同時に分離しているんです。一寸頭を使いますが,読んでみて下さい。

 

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陽イオンの分離も陰イオンと同様にイオン交換モードで分離が行われます。イオン交換反応はもうご存じでしょうが,分離対象を陽イオンとして見直してみましょう。例えば,陽イオン交換樹脂 (スルホン酸型やカルボン酸型) にナトリウムイオン (Na+) が捕まるのを示すと下の図のようになります。

溶離液を HNO3 (溶離剤はH+) としたとき,陽イオン交換樹脂の対イオンは水素イオン (H+) ですね。ここにNaClが来ると,Na+とH+とが置き換わり,Na+が陽イオン交換樹脂に捕まります。捕まったNa+は溶離剤のH+によって押し出され,付いたり離れたりを繰り返してカラム中を移動し,最終的にはカラムから出てきます。同族の原子イオンは周期律表に従って,Li+ < Na+ < K+ の順に保持が大きくなります。結果として一番下に書いたようなクロマトグラムが得られます。

残念ながら,スルホン酸型の陽イオン交換樹脂では,Mg2+やCa2+はひじょうに強く捕まるため,HNO3では溶出させることができません。濃度をとんでもなく濃くすれば出てくるんですが,,,一方,カルボン酸型 (正確には,ポリカルボン酸型) ではアルカリ金属との選択性があまり大きくないため,K+の後に少し離れてMg2+とCa2+が溶出してきます。現在では,一価陽イオンと二価陽イオンが同時に分析できるため,カルボン酸型イオン交換樹脂が広く使用されています。

陽イオン分析では,Na+とNH4+との分離が良く問題視されますよね。ここの分離を良くするには,イオン交換で捕まっているんですから,溶離液の濃度を下げればいいことになりますね。溶離液を薄めれば,確かに分離は改善される傾向にあるのですが,Mg2+とCa2+の溶出がとんでもなく遅くなって,分析時間が凄く伸びてしまいます。K+とMg2+との間隔も拡がってしまいますんで,この時間ももったいなくなります。

そこで,魔法の粉の登場です。溶離液にジピコリン酸 (2,6-ピリジンジカルボン酸) という芳香族有機酸を添加して,溶出してくる順序を変えています。下図にジピコリン酸の構造とMg2+とCa2+との錯体構造を示します。ジピコリン酸は,ピリジンの窒素の両側に一つずつカルボキシル基が付いたものです。ジピコリン酸錯体の強さは Ca2+ > Mg2+ ≫ K+ の順で,アルカリ金属イオンとはほとんど錯体を作りません。この錯体では金属イオンはカルボキシル基と荷電中和していますので,見掛けの正電荷は元の元素より低くなります。Mg2+はイオンの状態で居たがる性質を持っているため,Mg2+とCa2+とではCa2+のほうが強い錯体を作ります。そのため,錯体の正電荷はMg2+ ≫ Ca2+となり,Ca2+の陽イオン交換樹脂に対する親和性が小さくなってCa2+が早く溶出してきます。溶離液へのジピコリン酸の添加量を調節すると,Mg2+とCa2+との溶出順を逆転させる,K+とMg2+との間にCa2+を溶出させることができます。

下図に,ジピコリン酸を添加した溶離液で一価二価陽イオンを同時分離したクロマトグラムを示します。ここでは,ジピコリン酸を0.7 mM添加しています。添加量をさらに高くすれば,Ca2+の溶出時間は短くさせることが可能です。ここで,一寸注意しておかねばならない点があります。一般に,クロマトグラフィでは温度を高くすると保持は短くなるということはご存じですよね。しかし,ジピコリン酸を添加したときのCa2+の保持は,温度を高くすると逆に大きくなります。これは,温度の上昇によってジピコリン酸との錯体が作りにくくなってきて,Ca2+という二価イオンとして存在している比率が高くなってしまうためです。

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いかがですかね。前々回のクラウンエーテルの添加といい,陽イオン分析は色んな方法で分離を改善できるんですよ。有機溶媒の添加でも分離パターンやピーク形状の改善も可能です。こうやって,色んなものを添加して分離を調節することを考えると,ノンサプレスト法も棄てたもんじゃないですよね!

どうでしたか?何となく理論的でしょ?千駄木のご隠居の力を借りなくたって,私だってそこそこきちんとしたものが書けるんですよ。経験や記憶は凄〜く大事なんですが,理論も大事にしなきゃいけないですね。それじゃこの辺で,,,痛っ!膝が固まってしまった,,,

 

※本コラムは本社移転前に書かれたため、現在のメトロームジャパンの所在地とは異なります。

 

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