元の言語のページへ戻りました

今回はマトリックス効果の9回目で、マトリックス対策として有効なMISP(Metrohm Inline Sample Preparation)をいくつか紹介していきたいと思います。まず今回は試料溶液のpHのお話しです。

シーズン4 その貳拾漆(二十七)

 

 

こんにちはぁ~。

今回もマトリックスの解消策についてです。イオンクロマトグラフィにおけるアプリケーション面でのトラブル原因としては,試料前処理,分離,検出の3つを上げることができます。この内,試料前処理にかかわるトラブルが多く,全トラブルの約60%が試料前処理絡みといわれています。

前処理における必須かつ基本の操作は,希釈とろ過です。イオンクロマトグラフィの用途や使用分野から考えると,60 ~ 70%が水道水,用水,環境水等の管理測定ですので,希釈・ろ過だけで対応可能ということになります。けど,近年は食品や化学分野でのニーズが増加傾向にあり,試料前処理も希釈・ろ過だけでってわけにはいかなくなってきています。これらの分野の試料には種々のマトリックスが多数含まれていますので,マトリックス対策が必須となります。抽出,分離・分画等によりマトリックスを除去・低減することとなりますが,これらの操作は原理的に難しいものではありませんし,マニュアルでもバッチでも操作できます。しかし,測定対象イオン濃度がppb (µg/L) レベルとなると,操作中での汚染 (contamination) が大きな問題となり,信頼性の確保が困難となります。

この対応策として,Metrohmでは ”Metrohm Inline Sample Preparation (MISP)” を提案しています。MISPは,試料汚染のない信頼性の高い結果を提供することを目的としています。「第貳拾伍話 マトリックス効果 -7」でお話しした「濃縮カラム法」もその一つですし,「カラムスイッチング法」もMISPの1種といえます。「インライン希釈」や「インライン濾過」といった手法もありますが,今回からは,マトリックス対策として有効なMISPをいくつか紹介していきたいと思います。

まず今回は,試料溶液のpHの話です。

 
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------


測定をするとき,試料溶液の色や濁りは大変気にされていると思います。そのまま注入してしまうと,分離カラムや装置にダメージを与えてしまうかもしれませんからね。そこで,純水で何倍か希釈をし,0.45 µmのメンブランフィルタでろ過をした後に注入,って感じで対応されていると思います。的確な対応なのですが,できることなら,この時に電気伝導度 (CD) とpHも併せて確認していただきたいんですね。

試料溶液の電気伝導度から,希釈倍率を決定することが可能となります。「JIS K 0102 工場排水試験方法 35.3 イオンクロマトグラフ法」 (項目番号35 は塩化物イオン) のところには,以下の通り記述されています。

c) 準備操作 準備操作は,次による。

1) 試料を3.2によってろ過する。

2) 試料の電気伝導率が10 mS/m (100 µS/cm) (25°C) 以上の場合には,電気伝導率が10 mS/m以下になるように,水で一定の割合に薄める。

試料の電気伝導率が10 mS/m (100 µS/cm) というのを濃度に換算してみると,表27‐1のようになります。食塩水 (NaCl aq.) として,塩化物イオン濃度を単純計算すると32 ppmとなります。実際の測定試料にはそれ以外のイオンも含まれていますので,JIS K 0102に記載の値は希釈の目標値として適切だと思います。ちなみに,水道水の電気伝導度は100 ~ 300 µS/cmだそうです。

表27-1 塩水溶液の電気伝導度と10 mS/mまで希釈したときの塩濃度とイオン濃度

 

試料溶液のpHについは,四方山話シーズンIV 第玖話及び第拾話でもお話ししましたが,図27-1に試料溶液pHの溶出時間への影響を再度示します。高pHの試料ほど溶出時間への影響が大きいのがわかると思います。ここで使用している溶離液のpHは約10ですので,溶離液pHよりも高いpHの試料溶液が注入されると,溶離剤である炭酸水素イオン (HCO3) が炭酸イオン (CO32–) に変化して一時的に溶離力が強まります。また,水酸化物イオンも溶離剤として働きますので溶出が早くなるんです。このような場合には中和したくなるんですが,酸やアルカリを添加して中和すれば,試料溶液の塩濃度は高くなってしまうし,中和に使用する試薬からの汚染も問題になります。したがって,可能な限り純水で高度に希釈するといった対応が好ましいんです。尚,酸性試料中の陰イオン分析,アルカリ性試料中の陽イオン分析では,溶離液で希釈するのも効果的です。試してみてください。

図27-1 試料pHによる溶出時間への影響

試料溶液のpHに関してはもう一つ注意すべきことがあります。陽イオン分析の溶離液は酸性溶液,陰イオン分析ではアルカリ性溶液です。溶離液と異なるpHの試料が注入されると,pH変化によって試料中の成分が何らかの反応を引き起こしてしまう恐れがあります。よくあるケースが,陰イオン分析における重金属イオンの沈殿とそれにより引き起こされる分離カラムの劣化です。重金属イオンは酸性下では陽イオンの状態で安定して溶けていますが,アルカリ性になると水酸化物の沈殿を生じます。この沈殿が分離カラム内で発生すれば,充填剤に強く吸着し,カラム性能を低下させてしまいます。この他にも,酸性あるいはアルカリ性にpH変化することにより縮合反応が始まって,不溶性の生成物を生じてしまったなんて経験もあります。

試料溶液のpHでは,何度も痛い思いをしていますんで,かなり気を使って測定しています。試料溶液のpHが溶離液のpHと異なっている場合には,溶離液で希釈して1 ~ 2時間放置し,色調変化とともに沈殿の発生を確認するようにしています。ただ,沈殿物が極微小であるということもありますので,0.22 µmのメンブランフィルタでろ過した後,分離カラムに注入するようにしています。

--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------


環境分析や水質管理が目的の方々では,pH範囲を超える高濃度アルカリ試料なんて巡り合うことはないと思いますが,産業分野では高濃度アルカリ中の陰イオン分析なんてニーズが結構あります。図27-2に,1 mol/Lの高濃度炭酸ナトリウム及び水酸化ナトリウムで調製した標準陰イオンのクロマトグラムを示します。何も言うことはないですね。測定できません。図27-2の水酸化ナトリウム溶液は1 mol/L (4%溶液) ですが,工業用水酸化ナトリウム溶液は20 ~ 40%ですので,直接注入法ではこのようなニーズに対応するのは到底不可能です。

図27-2 1 mol/Lの炭酸ナトリウム及び水酸化ナトリウムで調製した標準陰イオンのクロマトグラム

最後にイオン排除カッティング法を用いた測定例を示して本篇の最後とし幸い,日本ソーダ工業会 (JSIA) により業界規格JSIA 01-1998が定められていて,試験方法としては日本産業規格JIS K 1200が規定されています。JIS K 1200-3-2のイオンクロマトグラフ分析方法では,10倍希釈した水酸化ナトリウム溶液に強酸性陽イオン交換樹脂を加えて中和後,上澄を採取してイオンクロマトグラフィで測定すると規定されています。この方法により測定した48%水酸化ナトリウム溶液中の陰イオンのクロマトグラムを図27-3に示します。

図27-3 JIS K 1200に従って測定した48%水酸化ナトリウム溶液中の陰イオン

図27-3の “Blank” において,硝酸イオンと硫酸イオンが検出されています。硝酸イオンは,中和に用いる陽イオン交換樹脂の洗浄・対イオン化による残分です。硫酸イオンは,陽イオン交換樹脂そのものからの漏出分です。共に短時間で洗浄するのが難しくBlankをゼロにするのは困難です。

JIS K 1200の方法では,試料である水酸化ナトリウム溶液に陽イオン交換樹脂を投入して中和をするんですが,H+型の陽イオン交換樹脂が充填された固相抽出カートリッジに試料溶液を通して中和することもできます。理屈は簡単で,図27‐4の通りです。この方法での注意点は2つです。カートリッジに充填されている陽イオン交換樹脂は事前に十分洗浄されていますが,ppmレベルの塩化物イオンや硫酸イオンが漏出してきます。そのため,超純水製造装置から採取したての純水10 ~ 20 mLで十分洗浄する必要があります。この純水洗浄により,漏出分を10 ppb以下にすることができます。もう一つは,カートリッジからの初期通過液の1 ~ 2 mLは廃棄するということです。器具の共洗いなんかと同じ考え方です。固相抽出カートリッジによる中和は,pH調整試薬の添加による陰イオンの妨害がなくなるとともに,試料汚染が生じる確率も小さくなるという利点もあります。

図27-4 H+型イオン交換樹脂充填固相抽出カートリッジを用いるアルカリ性試料の中和
 
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------


図27-4のH+型イオン交換樹脂での中和反応って何かに似ていませんか?そう,サプレッサ内での反応と一緒ですよ!サプレッサでの中和反応を利用するとアルカリ性試料のインライン中和ができるってことです。

溶離液: 2([resin]‒H+) + Na2CO3        Æ  2([resin]‒Na+) + H2CO3 (H2O + CO2)

試  料: [resin]‒H+ + Na+ Cl            Æ  [resin]‒Na+ + H+ Cl

Metrohmでは,インライン試料前処理用デバイスとして試料前処理モジュール SPM Rotor A を提供しています。基本構造は陰イオンサプレッサMSM-HC Rotor Aと同じです。このSPM Rotor Aを用いてインライン中和を行います (図27-5)。

図27-5 SPM Rotor Aを用いるアルカリ試料の中和

インライン中和システムの構成を図27-6に示します。試料ループに溜められた試料溶液は純水で中和デバイスに送られ中和されます。中和デバイスからの溶出液を濃縮カラムで濃縮後,分離カラムに送り分離を行います。ただ,アルカリ性試料中には炭酸イオンがかなり溶け込んでいて炭酸ディップが大きくなることがありますんで,炭酸サプレッサ MCS を併用するようにしてください。

図27-6 インライン中和システムの構成 a) sample loop, b) six-port valve-A (injector), c) pure water, d) regenerant, e) six-port valve-B, f) concentration column, g) separation column, h) column oven, i) suppressor, j) carbonate suppressor, k) conductivity detector cell.
 
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------


インライン中和システムで測定した高濃度水酸化ナトリウム溶液の測定例をお見せしましょう。高濃度水酸化ナトリウム溶液中の陰イオンの測定例です。塩化物イオン,塩素酸イオン,硫酸イオンが検出されています。図27-3に示したJIS K 1200の方法と比べ,blankのピークはほとんどなく定量下限が向上しているのがお分かりいただけると思います。この条件で求めた塩化物イオン,塩素酸イオン及び硫酸イオンの検出限界 (S/N = 3) はそれぞれ0.19 µg/L,0.45 µg/L及び5.20 µg/Lでした。また,添加回収率はそれぞれ101.5%,99.5%及び103.0%,繰り返し再現性 (RSD%) は0.64%,0.63%,0.61%でした。図27-7の測定結果及びJIS K 1200法との比較を表27-2にまとめました。

図27-7 インライン中和システムを用いる高濃度水酸化ナトリウム溶液中の陰イオンの測定

表27-2 インライン中和システムとJIS法との定量値の比較

 
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------


どうでしたかね?試料前処理モジュール SPM Rotor A を用いるインライン中和,結構魅力ある方法でしょ?今回はイオン交換樹脂を用いるイオン交換反応をアルカリ溶液の中和に利用しましたが,この手法は試料中の金属イオンの吸着除去,対イオン交換等にも利用可能です。次回以降はそんな話をしましょう。

それでは,また・・・

 

下記資料は外部サイト(イプロス)から無料ダウンロードできます。
こちらもぜひご利用ください。