元の言語のページへ戻りました

今回はマトリックス効果の8回目で、イオン排除カラムと陰イオン交換カラムを接続するカラムスイッチング法について解説しています。

シーズン4 その貳拾睦(二十六)

 

 

こんにちはぁ~。

マトリックス効果の解消策について話し始めてもう8話目ですな。前処理やアプリケーションベースの話題は,結構好きなネタなのでしばらくは継続です。

今回もカラムスイッチングの話をしようと思っているのですが,「第貳拾肆話 マトリックス効果 -6」でお話ししたものとちょいと毛色が変わります。「第貳拾肆話 マトリックス効果 -6」では,溶出順序が同じ,同一分離モードの分離カラム2本を接続して,巨大なマトリックスあるいは溶出の遅い妨害成分を取り除く方法について話しています。同一分離モードの分離カラムを使う理由としては,第1の分離カラム (カッティングカラムとも) の溶離液が第2の分離カラムに入っても,溶出パターンやバックグランドが大きく変化することがない,ってのが最大の理由になりますかね。当然,分離カラムの長さが長くなるのと同様の効果が得られるはずなので,結果を予測しやすいっていう利点もありますし,分離調節のための溶離液変更も楽ですね。

けど,「第貳拾肆話 マトリックス効果 -6」で紹介した方法で,すべてのマトリックスを低減・排除することができるとは限りません。むしろ,主分離カラム (通常,第2分離カラム) と全く異なる溶出挙動を示す分離カラム (第1分離カラム = カッティングカラム) とを接続し,測定対象イオンを含む分画のみを第2分離カラムに入れて精密分離をするという方法のほうが,マトリックスを完全に除去できそうな気がしませんか?

今回は,イオン排除カラムと陰イオン交換カラムを接続するカラムスイッチング法の話をしようと思います。ということで,まずはイオン排除クロマトグラフィのお勉強からです。

 
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------


図26-1に,イオン排除クロマトグラフィの分離の概念を示します。上述した通り,充填剤には多数の細孔があり,細孔内表面も負電荷を帯びています。ここに,負電荷の強さの異なる4つの低分子成分 (1つは無電荷) が注入されるとします。無電荷成分 (○) にはイオン的な相互作用が寄与しないので,充填剤の細孔内部まで浸透できます。一方,陰イオン性の大きい成分 (◆) は負電荷と強く反発するので,負電荷密度の高い細孔内部に入ることができません。当然,陰イオン性が弱ければ (△,▲) イオン反発はするものの少しは細孔内部に浸透できるはずです。

次いで,分離カラムから出てくる順序を考えてみましょう。陰イオン性の最も大きい成分 (◆) は細孔内に入ることができないので,充填剤と充填剤の隙間の容量 (空隙容量) のところに出てきます。これは,ある一定以上の陰イオン性を持つ成分はすべて同じ位置に出てくるってことになります。一方,無電荷の成分 (○) は充填剤の基材樹脂等との相互作用を示さないのであれば,空隙容量+細孔容量のところに出てくるということになります。当然,陰イオン性が弱い成分 (△,▲) は細孔内に浸透した分だけ空隙容量よりも遅れて溶出するってことになります。

図26-1 イオン排除クロマトグラフィの分離機構の概念図
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------


上の説明で,イオン排除クロマトグラフィの概念的な分離機構はご理解いただけたと思います。一般に,イオン排除クロマトグラフィにおける溶出容量は第一酸解離指数pKa1に従うとされています。あるイオン排除カラムにおけるpKa1と溶出容量との関係を図26-2に示します。

■印は無機イオンですので話は後回しにしますが,有機酸 (○,×,●) を見てください。概ね相関があるように見えませんか?充填剤の細孔容量の範囲に縦の点線を書き,有機酸類の関係線と思われる斜線を引いてみました。第一酸解離指数pKa1と溶出容量との間にはそこそこ強い相関があるんです。ただ,●印の2点 (イソ酪酸,酪酸) は縦の点線よりも後ろに溶出しています。脂肪族の鎖長が長い有機酸や芳香族有機酸等は,基材樹脂との疎水性相互作用が寄与されて,あたかも逆相モードのような溶出関係になるとされています。

このように,イオン排除クロマトグラフィは弱イオン性化合物が細孔内のどこまで浸透したか,という結果を与えるものと理解することができます。細孔のどこまで浸透したかで分離が行われるという点は,ゲル浸透クロマトグラフィ (GPC) とどこか似ています。

尚,イオン排除クロマトグラフィの分離機構はイオン的な反発力・排斥力に基づく細孔への浸透深さ・距離ですので,「保持・捕捉」されているわけではありません。したがって,溶出時間を「保持時間」と表記するのは間違えってことになりますかね。

図26-2 イオン排除クロマトグラフィにおける第一酸解離指数pKa1と溶出容量との関係

さて,話を後回しにしておいた(■)印の無機イオンですが・・・ 

ここには2つの特徴が観察されます。まずは,塩化物イオンと過塩素酸イオンです。これらは同じ位置に溶出しています。図26-1の陰イオン性の最も大きい成分 (◆) に相当し,充填剤と充填剤の隙間の容量 (空隙容量) に溶出し,相互分離することはできません。もう一つは,リン酸イオン,フッ化物イオン,炭酸イオン,ホウ酸イオン等が,細孔内に浸透して溶出されるということです。これらのイオンは正のpKa1を持つ「弱酸」で,多くの有機酸と同様のイオン排除機構による分離されます。但し,水素結合や水和力等の関係から,多くの有機酸のように図の点線上には載っていません。また,充填剤の基材樹脂やイオン交換基の種類や量によって溶出する位置関係が変化します。

図26-3に,あるイオン排除カラムにおける主な有機酸と無機弱酸の溶出パターンを示します。移動相は希薄な酸を用いています。実際にこれらのイオン類が一つの試料中に共存するということはないと思いますが,イオン排除クロマトグラフィを用いれば,陰イオン交換モードで分離しにくい無機弱酸の分離が可能になります。

図26-3で注目してもらいたいのが,”System peak” と書かれたところです。”System peak” は試料溶液の注入に基づき発生するピークですが,もう一度図26-1及び図26-2を見てください。イオン性の強い陰イオン (塩化物イオンや過塩素酸イオン等) は強く排除されますので,細孔内部に入ることができず,空隙容量のところにまとまって溶出します。つまり,”System peak” とは,これらの細孔内に浸透することのできないイオン性の高い陰イオンが溶出する位置で,ここには臭化物イオン,硝酸イオン,硫酸イオン,しゅう酸イオン等も含まれます。

図26-3 イオン排除クロマトグラフィにおける主な有機酸と無機弱酸の溶出パターン
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------


前回の濃縮カラム法のときと同様,本コラムの主旨から外れる話を長々としてしまいましたが,ここからが眼目です。

イオン排除クロマトグラフィは,高濃度の弱酸 (無機有機問わず) を含む試料中の塩化物イオンや硝酸イオンを定量するためのカッティングカラムとして利用できそうだということです。通常,陰イオン交換カラムでは,ホウ酸イオンやケイ酸イオン等はフッ化物イオンのあたりに溶出し,高濃度であれば微量のフッ化物イオンや塩化物イオンの定量性を損なうことがあります。これは,ギ酸,酢酸,プロピオン酸,乳酸等の一塩基酸が高濃度マトリックスとなった場合でも同様です。このような場合,イオン排除カラムをカッティングカラムとし,”System peak” のところを陰イオン交換カラムに導入すれば微量の塩化物イオンを定量することが可能となるはずです。

「はずです」って変な書き方をしましたが,これを達成するにはちょいとノウハウがあります。

まずは,イオン排除カラムの移動相 (保持させて溶離させる機構ではないので,厳密には「溶離液」は不適切) です。一般に,有機酸分析では,希薄な過塩素酸,硫酸,リン酸等の水溶液が用いられます。”System peak” のところをカットして陰イオン交換カラムに導入すると移動相成分の陰イオンも入ってしまい,導入された移動相成分が新たな妨害となってしまいます。そこで,イオン排除カラムをカッティングカラムとして用いる場合には純水を移動相とします。これであれば,陰イオン交換カラムで先端濃縮 (スタッキング) されることとなります。

もう一つは,試料注入量です。イオン排除クロマトグラフィは捕捉・溶離させるという機構ではないため,試料注入量は分離に大きな影響を与えます。試料注入量が大きくなると,当然 ”System peak” も大きくなります。また,カットしたい成分の溶出が早まり,”System peak” と重なってしまうかもしれません。余計なイオンが ”System peak” に入り込んでくれば,陰イオン交換カラムでうまく先端濃縮 (スタッキング) されず,溶出時間が変化するとか,ピークが変形してしまう等の問題が発生してしまうことだって考えられます。ということで,通常,試料注入量は200 µL程度までで行います。

ここで登場するのが,前回お話しした濃縮カラム法です。

イオン排除カッティングカラムの後段に濃縮カラムを取り付けた六方切り替えバルブを設けることで,”System peak” の拡大やスタッキング不良といった問題を解消することができます。図26-4に,イオン排除カッティング-濃縮カラム-イオンクロマトグラフィシステムの構成を示します。イオン排除カラムの移動相は純水,濃縮カラムの溶離方向は濃縮方向と逆方向 (Counter current) になるように設置するのをお忘れなく。

図26-4 イオン排除カッティング-濃縮カラム-イオンクロマトグラフィシステムの構成 a) auto-sampler, b) injector, c) pump-A, d) ion exclusion column, e) six-port valve, f) concentrator, g) pump-B, h) separation column, i) column oven, j) MSM, k) MCS, l) CD cell.

最後にイオン排除カッティング法を用いた測定例を示して本篇の最後としましょう。

図26-5は,フッ化水素酸 (24%) 中の塩化物イオンを測定した例で,30 ppbの塩化物イオンを定量できています。尚,ここでは硫酸イオンが検出されていますが,イオン排除カラムからは硫酸イオンが僅かに漏出してきますので,ppbレベルの硫酸イオンは正確に定量することができません。

図26-5 濃縮カラム法におけるフッ化水素酸溶液中の陰イオンの測定
 
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------


今回は,「弱酸イオンの除去にはイオン排除カラムが有効ですよ」っていうお話なんですが,「分離機構の異なる分離カラムを組み合わせることで大幅な改善が期待できる」ってことをご理解していただきたいのが真意なんですな。但し,本編にも書きましたように,溶離液 (移動相) の選択やカッティングカラムの特性を十分考慮して条件設定してください。

今回は,少しは短くなりましたかな。それでは,また・・・

 

下記資料は外部サイト(イプロス)から無料ダウンロードできます。
こちらもぜひご利用ください。