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今回はマトリックス効果の7回目で、濃縮カラム法 (インライン濃縮法) について解説しています。

シーズン4 その貳拾伍(二十五)

 

 

こんにちはぁ~。

前回はカラムスイッチング法によるマトリックス効果の解消策の話でした。高濃度妨害イオンを第1の分離カラムで切り捨て,目的とする微量イオンを含む分画のみを第2の分離カラムに入れることで,高濃度イオンの妨害を受けずに微量測定対象イオンを精度良く測定できるという手法ですね。

複数の分離カラムや切り替えバルブを使うため,結構面倒で難しい方法だと思われている方が多いと思います。確かに,第1の分離カラムの選択や分離・溶出時間の調節等は煩雑で,何度も繰り返して微調整しなければなりません。けど,マトリックス除去のための切り札的手法ですし,期待通りにうまくカットできると定量下限も定量精度も大幅に向上できます。以前にも書きましたが,的確なトラブル対策は理論だけでなく経験・実体験が重要ですので,ぜひやってみて実感してもらうとよいのですが・・・ とりあえずは,こんな方法があるんだってことを頭に引っ掛けておいてくださいね。

さて,今回は濃縮カラム法 (インライン濃縮法) の話をしましょう。イオンクロマトグラフィにおいては古典的な手法で,ppt (ng/L) レベルの極微量イオンの定量法としてJISに採用され,超純水の管理等に利用されています。「IC四方山話 シーズン-IV」の主題 (トラブル・マトリックス) とは関係なさそうですが,マトリックス対策としての “Key Technique” なんです。Metrohmではマトリックス対策として種々のインライン前処理テクニックを開示・提供しています。インライン前処理テクニックについては次回以降にお話ししていきますが,それらの手法の中にも濃縮カラム法が多用されています。

ということで,今回は濃縮カラム法のお勉強です。

 
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まず,下のクロマトグラム (図25-1) を見てください。各10 ppb (µg/L) の陰陽イオンの測定例です。試料注入量は共に50 µLです。図25-1のクロマトグラムで定量下限を求めてみると,塩化物イオンで約1 ppb,ナトリウムイオンで約1.5 ppbです。

直接注入で1 ppbが定量できちゃうなんて,私がやっていた頃では考えられないことですな。けど,今のイオンクロマトグラフィのニーズでは数十 ppt (ng/L) の定量が要求されていますので,必ずしも十分な性能だとは言えません。このような要求に応えるためには,検出感度を10 ~ 100倍向上させなければなりません。

図25-1 直接注入法による微量イオンの測定例

そこで,濃縮カラム法 (インライン濃縮法) の登場です。

図25-2に示す陰イオン分析用濃縮カラム法のシステム構成を用いて,陰イオン分析における濃縮カラム法の説明をしましょう。

濃縮カラム (例えば,Metrosep A PCC 2) は,六方切り替えバルブに取り付けられます。図25-2左の接続は,試料溶液中の陰イオンを濃縮する状態です。試料溶液は,ぺリスタリックポンプ (あるいは800 Dosino) で吸引され濃縮カラム内を通過します。濃縮カラムには陰イオン交換樹脂が充填されていますので,陰イオンは濃縮カラムの先端部分 (図の■) に捕捉されます。

一定量の試料通液が終わったら,六方切り替えバルブを切り替えます。すると,濃縮カラムの接続しているラインが図の赤いラインとつながり,ポンプからの溶離液によって濃縮された陰イオン (図の■) が分離カラムへと送られて分離されます。ここで注意してもらいたい点は,陰イオンが濃縮された方向と溶出される方向が逆になっているということです。この件に関しては,後ほど・・・

濃縮カラム法の理屈は簡単ですから,十分理解していただけたと思います。試料濃縮量は5 mL ~ 20 mLで行われますので,直接注入が20 µLで行っていたとすると,250 ~ 1000倍の濃縮が行われるということになります。試料量 (濃度,絶対量) と検出器応答に直線性があれば定量下限も250 ~ 1000倍改善されることになり,pptレベルの定量も無理なくできることになります。

図25-2 濃縮カラム法 (インライン濃縮法) のシステム構成

図25-3に,半導体用部品の洗浄液を10 mL濃縮したときの陰イオン及び陽イオンのクロマトグラムを示します。サブ-ppbレベルの陰陽イオンが定量されています。

図25-3 半導体用部品の洗浄液の濃縮カラム法による測定

図24-2のシステムを用いて測定した海水中のアンモニウムイオン及びカルシウムイオン,マグネシウムイオンの測定例を示します。第一段目のカッティング用の分離カラム-Aの長さは100 mm,第二段目の分離カラム-Bの長さは250 mmとしてあります。海水を2倍希釈して,10 µLを注入しました。カラムスイッチング法を用いることにより,高濃度イオンによる妨害の低減,微量イオンの定量精度の向上を達成することが可能となります。

 

 

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濃縮カラムにおいて,測定対象の陰イオンが濃縮カラムから漏出することなく,先端部に捕捉・濃縮されるという理屈は納得されていますかね?

通常,陰イオン標準液は純水で調製されています。この標準液を分離カラムに注入すると,標準液中の陰イオンが分離カラムの陰イオン交換樹脂先端に捕まります。先端に捕まった陰イオンは溶離液で溶離されて,分離カラム内で分離されるというわけです。

試料溶液が溶離力のない純水で調製されているから,分離カラムの先端で捕捉されるんです。もし,溶離液の10倍くらい濃い炭酸ナトリウムで調製された陰イオン標準液を分離カラムに注入したらどうなりますかね?炭酸ナトリウムは溶離剤ですので,陰イオンはカラム先端で留まることなく流されていきますよね。実際には,炭酸ナトリウムは分離カラム内で希釈されますので素通りすることはなく,捕捉と溶離が繰り返されて溶出されることとなります。しかし,この時の溶出位置は,純水で調製された陰イオン標準液で観察される溶出位置よりも早くなっているはずです。炭酸ナトリウムの濃度や試料注入量によっては,ピークも変形しているかもしれません。

当たり前のことなんですが,ご理解いただけましたかね?

濃縮カラム法を用いてmLオーダーの試料溶液の濃縮分析を達成するには,「試料溶液マトリックス中に溶離剤となりうるイオンが存在してはいけない」ということが要件なんです。当然,測定対象となる陰イオン自身の濃度が高い場合にも,そのイオンが溶離剤として働きますので,濃縮カラム法は成立しません。つまり,超純水中のppbやpptレベルの陰イオンは濃縮分析が可能ですが,マトリックスイオンを多く含む河川水や海水中の微量陰イオンを濃縮することはできないんです。

 
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ところで,試料溶液が純水で調製されていれば,直接注入法でも大量の試料を注入可能になるはずなので,濃縮カラム法を用いる必要はなくなる,ってことになりませんかね?

確かに,直接注入法では分離カラムへの注入量を増加させることは可能で,この手法は大容量注入法と呼ばれています。一般には,通常注入の10倍くらいの注入量 (200 ~ 500 µL) で測定します。ずいぶん古いデータなのですが,純水で調製した陰イオン標準液の大容量注入の一例を図25-4に示します。大容量注入法の話はちょいと本題からずれてしまうんですが,なかなか説明する場がないのでこの場を利用して少し説明しておきます。

図25-4に示した通り,注入量を10倍にしても良好に分離しますし,硫酸イオンの理論段数にも変化は見られません。これは試料溶液マトリックス中に溶離剤となる成分が存在しないからです。もう一つ注目してもらいたいのが溶出時間です。共に溶離液流量は1.0 mL/minで測定しています。硫酸イオンの溶出時間の差は0.452 minで,試料注入量の差 (500 µL – 50 µL = 450 µL) と一致しています。これは,捕捉された陰イオンは分離カラム先端から動くことなく留まっており,溶離液が到達すると速やかに溶離されるということを反映しています。

図25-4 通常注入法と大容量注入法による陰イオンのクロマトグラムの比較

Retention time:14.512 min – 14.060 min = 0.452 min
Flow rate:1.0 mL/min Ü 0.452 mL
Injection volume:500 µL – 50 µL = 450 µL = 0.45 mL

大量注入法は非常に簡便な感度向上策なので,種々の分野で多用されています。但し何度も言いますが,溶離能を持つマトリックスを含んでいない試料に限るってことは忘れないでください。では,何mLまで注入することが可能なのでしょうか?分離カラムは濃縮カラムの何倍も容積が大きいので,10 mLなんてケチケチせず,100 mLも注入できるのでは,なんて思うのですが・・・

正直なところ,こんな実験はきちんとやったことがありません。1 mL注入は実用的にやっていましたので問題ないと思います。それ以上は遊び程度でしかやっていませんが,5 mL注入をしたところピークが変形してしまったという記憶があります。理由はよくわかりませんが・・・ 測定対象のイオンが溶離剤として働いたのか,カラム全体が純水に置き換わってしまったため溶離液が速やかに入れ替わらなかったためか・・・ いずれにしろ,注入量の限界があるのは確かみたいです。

 
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話を濃縮カラム法に戻します。四方山話シーズンIV 第拾話にも書いていますが,濃縮カラム法では,濃縮されたイオンを濃縮方向と逆方向 (Counter current) に溶離させるってことをお話ししました。濃縮方向と同じ順方向 (Forward direction) に溶離させると,ピークの広がりや変形が観察されることがあります (図25-5)。この原因も複雑なのですが,濃縮カラムのイオン交換樹脂が分離カラムのイオン交換樹脂と同じでないため,試料通液量がカラムサイズに対して大きいため試料イオンが溶離剤的に作用した,と考えています。

図25-5 濃縮カラム法における溶離方向の影響
 
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ここまで,濃縮カラム法の話をしてきましたが,濃縮カラム法の基本をしっかり理解していただいた方には,「濃縮カラム法はマトリックス除去に有効だ!」ということがお分かりになったと思います。

ずいぶん飛躍した結論と思われるでしょうが・・・ もう一度書いておきます。濃縮カラム法を達成させる要件は,「試料溶液マトリックス中に溶離剤となりうるイオンが存在してはいけない」ということですね。これを逆に見ていただくと,「溶離力がなく,濃縮カラムに蓄積されないマトリックスは濃縮カラムを通過してしまうので,測定対象イオンの濃縮が可能である」ということになりませんかね?アルコール類や糖類等のマトリックスがあっても濃縮カラム法を適用可能だってことですな。

最後にそんな実例を一つ。

過酸化水素水は消毒剤 (日本薬局方名「オキシドール」,過酸化水素濃度は約2.5 ~ 3.5w/v%) として使用される身近な化学薬品ですが,工業的には酸化剤として広く利用されています。半導体製造ではシリコンウエハーの洗浄に用いられますが,ウエハーの品質低下を引き起こす不純物イオンの管理が重要となっています。

過酸化水素は非イオン性物質ですのでイオン交換樹脂に捕捉されることはありませんが,強い酸化剤ですので分離カラム充填剤の基材樹脂や官能基を酸化分解してしまう恐れがあります。そのため,昔は純水で希釈して,2%以下,可能であれば1%以下にして測定してもらっていました。高度希釈ができない場合には,白金るつぼで過酸化水素を加熱分解後,残留液を若干純水で希釈して直接注入,あるいは濃縮カラム法で測定するという,面倒な前処理をしていました。

図25-6及び図25-7は,濃縮カラム法を活用して,工業用過酸化水素水 (約30%) 中の陰イオン及び陽イオンを測定した例です。過酸化水素水を濃縮カラムに注入して測定対象イオンを捕捉・濃縮後,濃縮カラムに純水を通液して余剰の過酸化水素を追い出します。その後,六方切り替えバルブを切り替えて,濃縮された測定対象イオンを分離カラムに送り込んで分離します。このような方法をとることにより,高価な分離カラムを劣化させることなく高感度測定が可能になります。但し,濃縮カラムのイオン交換樹脂も過酸化水素によりダメージを受けますので,通常の濃縮カラム法の時よりも交換頻度を高くする必要があります。

図25-6 濃縮カラム法を活用した過酸化水素水中の陰イオンの測定
図25-7 濃縮カラム法を活用した過酸化水素水中の陽イオンの測定
 
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今回は,マトリックス対策において有用な手段となる濃縮カラム法について紹介しました。濃縮カラム法は超純水中の微量イオンの測定法としてJISに採用されている手法ではありますが,単なる濃縮だけではなく,有用なマトリックス除去策であるということがお分かりいただけたと思います。今後,たびたび登場いたしますので,時たま本編を読み直してくださいね。

今回も若干長くなってしまいました・・・ それでは,また・・・

 

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