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今回はマトリックス効果の6回目です。高濃度イオンの妨害解消対策、特にシステムの工夫による解消策について解説しています。

シーズン4 その貳拾肆(二十四)

 

 

こんにちはぁ~。前回は高濃度塩化物イオンの妨害解消及び除去方法についてお話をしました。前回の最後のほうに書いた文章をもう一度下記に示します。

試料中の油分や有機物の除去法としては疎水性樹脂を用いる固相抽出法 (SPE) が広く用いられています。イオン性の高い無機イオンは疎水性樹脂に捕捉されることなく,固相抽出カートリッジを通過してきます。これを回収すれば測定試料として使用できます。一般に,固相抽出法ではイオン性成分の除去や、イオン交換樹脂を用いた濃縮を行いますが,塩化物イオンだけを捉まえて他のイオンは通過させる (あるいはその逆の捕捉挙動を示す) イオン交換樹脂なんて存在しません。

金属元素については特殊な配位子を利用して錯体を形成させれば,かなり選択的な吸着・除去を行うことが可能です。しかし,イオンクロマトグラフィの測定対象となるような一般的な無機イオンを選択的に吸着・除去するなんて不可能なんです。そうはいっても,高濃度イオンはいろんな意味で邪魔なんです。どうしても除去・排除したいんですね。で・・・,今回は,こんなお悩みをお持ちの方に,システムの工夫による解消策についてお話いたしましょう。

 
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まず,下のクロマトグラムを見てください。第貳拾壱話に示した図21-2と同じものなんですが,今回の話のきっかけとするため若干拡大して加筆しました。ナトリウムイオンの後ろにアンモニウムイオンが溶出しています。完全分離はしていませんが,積分線の引き方を工夫すれば何とかアンモニウムイオンの濃度レベルを知ることができます。しかし,ナトリウムイオンのピークの裾に乗っていますので正確な定量値を得ることはできません。さらに分離を改善しなければ定量精度を上げることはできません。

ナトリウムイオンとアンモニウムイオンとの分離の改善策としては,第貳拾壱話と第貳拾貳話にお話しした通り,溶離液組成を変える,分離の良い分離カラムを用いる,溶離液にクラウンエーテルを添加する,といった方法があります。これらを調節して最適条件を見出せば数万対1の分離を得ることも可能ですが,実際には容易なことではありません。最適条件に辿り着くまでには数多くの試行錯誤的実験が必要ですし,多大な時間を必要とします。また,分離カラムは高価ですので,そう簡単には買ってもらえないでしょう。さらに,ナトリウムイオンとアンモニウムイオンとをほぼ完全に分離できる条件を見出したとしても,それらイオンの後ろに溶出するマグネシウムイオンやカルシウムイオンの溶出時間が増加して作業効率が大幅に低下してしまいます。例えば,下の図21-2改の条件でのカルシウムイオンの溶出時間は約20 min,マグネシウムイオンは約25 minですので,これ以上は遅くしたくはないですね。

図21-2改 高濃度ナトリウムイオンを含む試料中のアンモニウムイオンの分離例

さて,ここからが今回の本題です。

上記図21-2に加筆した “” の部分だけを分画してもう一度分離カラムに導入したらどうでしょう。アンモニウムイオンはナトリウムイオンと重なってはいますが,ナトリウムイオン濃度は大幅に低減されていますので,恐らく良好に分離して高精度に定量することが可能となるはずです。

このアイデアを達成するには,一例ですが,図24-1左のようなシステムを用います。一般的なイオンクロマトグラフィのシステムの他に,高圧ポンプ1台,4方と6方の2つのバルブが必要になります。追加される高圧ポンプも,主の高圧ポンプと同じ溶離液を送液します。6方バルブにはピーク分画用のループ (一般に,ループ容量は0.5 ~ 1 mL) を付けておきます。

まず,2つのバルブのラインが実線で繋がっている状態で試料を注入します。高濃度ナトリウムのピークの頂点が過ぎ,下がり始め,アンモニウムイオンのピークが分画ループの中に納まったと判断したところで2つのバルブを切り替えます。すると,分画されたアンモニウムイオンは,第二の高圧ポンプによって4方バルブを経由して再度分離カラムに導入されます。この2度目の注入ではナトリウムイオン濃度は桁違いに下がっていますので,微量のアンモニウムイオンを高精度に分離・定量することができます。このような方法をリサイクル注入法と呼びます。

この方法の重要なポイントは,バルブ切り替えのタイミングです。高濃度ナトリウムイオンのマトリックスを含む試料溶液に標準添加したものを用いて,回収率を調べながら最適時間を設定してください。もう一つのポイントは,遅れて溶出する成分との重なりです。アルカリ土類金属イオン等の遅く溶出する成分が試料中に含まれていると,再注入されたアンモニウムイオンと重なってしまう恐れがあります。したがって,重なりが生じないように溶離条件を調節する必要があります。どうしても重なりを解消できない場合には,分画ループに目的成分を一時貯めておき,妨害成分が溶出した後再注入するという方法をとります。ただし,リサイクル流路が高圧にならないように,第2の高圧ポンプと6方バルブとの間にもう一つ切り替えバルブを設けなければなりません (図24-1右)。

図24-1 リサイクル注入システム
 
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測定対象がアンモニウムイオンだけということであれば上記のリサイクル注入法でもよいのですが,残念ながらこのシステムではマグネシウムイオンやカルシウムイオンの同時定量はできません。もう一度最初に戻って図21-2改を見てください。下のほうに太い矢印で示したように,前半部を捨ててしまい、赤い点線以降 (青い太い矢印) をもう一本の分離カラムに導入したらどうなるでしょう。

2本の分離カラムと6方バルブを用いて,図24-2のようなシステムを構築します。このようなシステムはカラムスイッチングシステムと呼ばれます。

まず,6方バルブのラインが実線で繋がっている状態で試料を注入します。高濃度ナトリウムのピークの頂点が過ぎ,下がり始め,アンモニウムイオンのピークが分離カラム-Aから溶出する寸前に6方バルブを切り替え,以降の成分を分離カラム-Bに導入します。この方法を用いれば高濃度ナトリウムの妨害を低減できるだけでなく,アルカリ土類金属イオンの分離定量も可能です。

図24-2 カラムスイッチングシステム

図24-2のシステムを用いて測定した海水中のアンモニウムイオン及びカルシウムイオン,マグネシウムイオンの測定例を示します。第一段目のカッティング用の分離カラム-Aの長さは100 mm,第二段目の分離カラム-Bの長さは250 mmとしてあります。海水を2倍希釈して,10 µLを注入しました。カラムスイッチング法を用いることにより,高濃度イオンによる妨害の低減,微量イオンの定量精度の向上を達成することが可能となります。

図24-3 カラムスイッチング法による海水中の陽イオンの同時測定

カラムスイッチング法は,切り替えバルブを用いるライン設計に不慣れな方には若干複雑ですし,追加デバイス用のお金もかかるんですが,高濃度イオン等のマトリックスの除去・低減策として,また分離が難しい成分間の分離の改善策として有効な手法です。

カラムスイッチングシステムは,図24-2に示したシステム以外にも,目的に応じて種々の変形が可能です。図24-4に,カラムスイッチング法のシステム例を示しておきます。

図24-4 カラムスイッチングシステムの例
 
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ところで,実試料の分析を行っているときに,ピークのようなベースライン変動が発生したり,出るはずもないところに未知ピーク出てきたり,なんてことはありませんか?図24-5は,一回目に注入したときにはきれいに分かれていたのに,2回目以降は変なピークの影響が出てきたという例です。

図24-5 保持の強い成分による測定への妨害

上記妨害ピークの原因は,下記図24-6の通りで,測定試料中に混在している非常に保持の強い成分が次の測定時に溶出して妨害したということです。このような場合,妨害となる保持の強い成分の溶出を待って次の測定を行うこととなりますので,効率が悪く,高いスループットを得ることができません。また,高濃度の溶離液に切り替えてフラッシュアウトさせるという方法も良さそうなのですが,初期条件に戻るまでの時間が必要ですので,効率改善できるのかどうか・・・。

図24-6 保持の強い成分による測定への妨害
 
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上記のような保持の強い成分の妨害除去対策としても,カラムスイッチング法は有効です。図24-7に,保持の強い成分による妨害解消用として構築したカラムスイッチングシステムと,得られたクロマトグラムを示します。長さの短いカラムを6方バルブに組み込んであります。

まず,バルブのラインが実線の通りに繋がっている状態で試料を注入します。分離カラム-Aから硫酸イオンが分離カラム-Bに導入されるタイミングを見計らって6方バルブを切り替えます。この切り替え時間がポイントなのですが,事前に検出器を取り付けて溶出時間を調べておきます。

この操作によって,分離カラム-A内に残っている保持の強い成分が分離カラム-Bに導入されることはなくなり,分離カラム-Bでは硫酸イオンまでの分離が達成されます。分離カラム-A内に残存していた保持の強い成分は,分離カラム-Bで分離が行われている間に,もう一つの高圧ポンプから送られてくる溶離液で系外に排出され,分離カラムの状態は初期化されます。分離カラム-Bでの分離が終了されれば,6方バルブを再度切り替えて初期状態に戻して次の試料注入を待ちます。

図24-7 カラムスイッチング法による保持の強い成分による妨害の解消
 
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今回は,高濃度マトリックスによる妨害対策の切り札的手法としてカラムスイッチング法について紹介しました。カラムスイッチング法は煩雑でかつコストのかかる手法ではあるんですが,マトリックス対策のためのインライン前処理法の基礎技術として必要不可欠な方法です。有望な分析精度向上策ですので少しは興味を持っていただけるとよいのですが・・・

それでは,また・・・

 

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