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今回はマトリックス効果の4回目です。前回の補足ということで、陽イオンの分離の改善手法について、ピリジンジカルボン酸及び18-クラウン-6-エーテルを用いる分離の改善方法について、ご隠居さんがわかりやすく紹介しています。

シーズン4 その貳拾貳(二十二)

 

 

こんにちはぁ~。前回は高濃度ナトリウムを含む試料中の微量アンモニウムの測定の話でした。イオン交換容量が高く,分解能の高いカラムに変更して分離を改善すれば,高濃度イオンの影響を受けずに定量精度を確保できるって話でした。チョイと勘ぐってみると「分解能の高い別の分離カラムを買いなさい!」ってことなので,メーカーのご都合的解決策のように見られちゃいそうですね。けど,アンモニウムイオンは紫外吸収検出器UVDでは検出できませんので,分解能の高い分離カラムに代えるって方法がベストなんですがね。

しかし,前回お話しした通り,測定対象となる陽イオンは単原子イオンばかりですので,イオン交換モードで分離挙動を変化させることは困難なんです。一方で,金属単原子イオンですので,金属錯体を形成する性質を持っています。この錯形成反応を分離系に組み込むことができれば,陽イオンの分離挙動を変化させることができるんです。このことは既に書いているんですが,前回の補足ということで,陽イオンの分離の改善手法について2つほど紹介しておきましょう。

 
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チョット下の図を見てください。Metrosep C 6を用いて分離を行った標準陽イオンのクロマトグラムです。二つのクロマトグラムを見て何か気付きませんかね?どうですか?

図22-1 標準陽イオンのクロマトグラム

幾つか見つかりましたか?いろいろとありましたよね。

①2つのクロマトグラムとも分析時間はほぼ同じ
②2つのクロマトグラムで溶離液組成が異なる
③上のクロマトグラムのピーク幅のほうが太い
④上のクロマトグラムのほうが無駄な時間がなく良好な分離パターン
⑤2つのクロマトグラムでマグネシウムイオンとカルシウムイオンの溶出順が逆

こんなところですか?ほかにも有りますかね?まぁ,この程度にしておきましょう。
今回は分離の改善の話ですから④と⑤がポイントなんですが,これは溶離液組成が異なっているからだと推定できますね。
溶離液に添加されているのはジピコリン酸 (dipicolinic acid: DPA) です。2,6-ピリジンジカルボン酸 (2,6-pyridine dicarboxylic acid, PDCA) ともいい,金属元素と錯体を形成します。アルカリ金属とは錯体を作りませんがアルカリ土類金属とは錯体を作り,図22-2上に示すように,カルシウムイオンとの錯体のほうがより安定性の高い錯体となります。
錯体を形成すると荷電が低下,つまり金属イオンの見掛けの価数が小さくなりますので,陽イオン交換樹脂での保持は小さくなって早く溶出します。
図22-2下に,溶離液中のジピコリン酸の影響を示します。ジピコリン酸濃度の増加につれて全体的に保持が小さく (溶出が早く) なりますが,カルシウムイオンの変化が最も大きく,マグネシウムイオンを追い越してその前に溶出するようになります。その結果,カリウムイオンとマグネシウムイオンとの間の無駄時間を減らしてバランスの良い分離パターンを得ることができます。

図22-2 ジピコリン酸とアルカリ土類金属との錯形成と溶離液中のジピコリン酸濃度の影響
 
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チョイと前置きが長くなりましたが,陽イオンの分離にはスルホ基あるいはカルボキシル基を持つ陽イオン交換樹脂 (スルホン酸型とカルボン酸型) が用いられます。図21-1に,代表的なクロマトグラムを示します。共に同じ溶離液 (5 mM HNO3) での分離例なのですが,ずいぶん様相が異なっていますね。左のスルホン酸型陽イオン交換樹脂のクロマトグラムには,アルカリ土類金属イオンが含まれていません。スルホン酸型陽イオン交換樹脂はアルカリ土類金属イオン対する選択性が非常に高く,5 mM HNO3では溶出されません。つまり,アルカリ金属イオンとアルカリ土類金属イオンの同時分析ができないということです。
ということで,近年ではもっぱらカルボン酸型陽イオン交換樹脂が用いられています。

図21-1 標準陽イオンのクロマトグラム

酸性溶離液へのジピコリン酸の添加はアルカリ土類金属イオンの分離の改善に有効だということを判っていただけたと思います。ジピコリン酸の活用はアルカリ土類金属イオンの分離の改善だけでなく,ナトリウムイオンとアンモニウムイオンとの分離の改善策としても利用できます。当然,分離カラムの選択と,酸濃度とのバランス調整が必要ですがね。
図22-3に,Metrosep C 6におけるジピコリン酸の添加効果を示します。この結果を基に最適化すると,前回の図21-6に示したように,高濃度ナトリウムイオンを含む試料中のアンモニウムイオンの分離に応用できます。

図22-3 Metrosep C 6におけるジピコリン酸の添加効果
 
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もう一つの分離の改善方法も錯形成反応を利用します。
溶離液に添加する試薬は,エチレングリコールが6個結合した環状化合物18-クラウン-6-エーテル [18-crown-6 ether] です。図22-4は18-クラウン-6-エーテルですが,エチレングリコールが4個及び5個結合した環状化合物も知られており,それぞれ12-クラウン-4-エーテル及び15-クラウン-5-エーテルと呼ばれています。
クラウンエーテルはその環の中に金属イオンを取り込み包摂化合物 (金属錯体) を作ります。クラウンエーテルは非イオン性化合物ですので,ジピコリン酸のように価数変化は起こりません。しかし,エチレングリコールの酸素原子を内側,炭素原子を外側に向けた錯体構造ですので,若干疎水性を示す金属錯体です。基材樹脂と疎水性相互作用を示して保持されるため,溶出時間が遅くなるという仕組みです。
クラウンエーテル包摂錯体の安定度定数は,内孔径に近いイオン直径を持つ金属イオンとの錯体ほど高い値を示します。つまり,環の内径と一致する金属イオンほど安定だということです。18-クラウン-6-エーテルの内孔径は0.276 nmとされていますので,下記の右表に示した通りイオン直径の最も近いカリウムイオン (0.266 nm) が最も安定な錯体を形成します。

図22-4 18-crown-6の包接化合物,及び陽イオンのイオン半径と錯安定度定数

図22-5に,Metrosep C 3における18-クラウン-6-エーテルの添加効果を示します。添加量が高くなるにつれ,安定度定数の高いカリウムイオンの溶出時間が遅くなっています。また,アンモニウムイオン及びカルシウムイオンの溶出時間も遅くなっています。
図22-4の右に示した通り,アンモニウムイオン及びカルシウムイオンも18-クラウン-6-エーテルの内孔径に近いため,包摂錯体を作ることができるんです。しかし,カリウムイオンほどはぴったりとしていないため,フリーのイオンで存在する比率も高く,溶出時間の増加度合いは小さくなっています。

図22-5 Metrosep C 3における18-クラウン-6-エーテルの添加効果

上記に示したように,カリウムイオンだけでなくアンモニウムイオンの溶出を遅くすることができるということは,18-クラウン-6-エーテルの添加によりナトリウムイオンとアンモニウムイオンの分離度を改善できるということになります。分離カラムの選択及び18-クラウン-6-エーテル添加量の最適化により,高濃度ナトリウムイオン中のアンモニウムイオンの定量精度向上が達成できるということです。
図22-6に,Metrosep C 3を用いた2000:1及び7000:1のナトリウムイオンとアンモニウムイオンの分離の改善例を示します。

図22-6 18-クラウン-6-エーテル添加による高濃度NaとNH4の分離の改善
 
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今回は,前回の高濃度ナトリウムイオンとアンモニウムイオンの分離の改善策の補足として,ピリジンジカルボン酸及び18-クラウン-6-エーテルを用いる分離の改善方法について紹介しました。陽イオンは陰イオンと比較して,溶離液組成を変更しても,分離カラムを変更しても分離パターンが大きく変化しません。どうしても大きな変化が欲しい場合には,今回紹介した手法を用いてみてください。比較的短時間に好結果が得られると思いますが,何故分離が改善されるのかという理由もしっかり頭に入れてトライしてくださいね。

追記ですが,18-クラウン-6-エーテルの添加についての注意事項です。18-クラウン-6-エーテルは疎水性を示すため,疎水性基材のイオン交換樹脂には強く保持されます。従って,元の酸性溶離液に戻した場合,初期の分離パターンが得られないことがあります。従って,18-クラウン-6-エーテルを添加して使用した分離カラムは専用カラムとして,他の溶離液系と混用しないようにしてください。

次回も分離検出に関わる話をしようかと思っています。それでは,また・・・

 

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